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トモエの脳裏にあの夜、暗がりの中で見た光景が浮かび上がった。銀色の長い刃を引きずる髪の長い女の影。まさか……
通りの角から、ピピピピというけたたましい警笛を吹きながら、若い制服警官が飛び出して来て、ヒミコの前に立ちふさがった。右手を腰の拳銃のホルスターに伸ばし、左手を前に突き出して、ヒミコの動きを制止しようとしている。
「動くな! 銃刀法違反の現行犯だ」
彼の後ろから中年の制服警官が走って来た。若い警察官が叫ぶ。
「先輩、容疑者の身柄の確保を! 早く!」
だが、中年の警察官は軽い笑いを浮かべながらヒミコにあいさつする。
「やあ、ヒミコ君。配達かい?」
ヒミコも顔色一つ変えずに応じる。
「おや、山田さん。お勤めごくろうさまでございます」
若い方の警察官が怒鳴るように言う。
「先輩、何をしてるんですか? 早く容疑者の確保と凶器の押収を!」
「まあ、落ち着きなさい、田中巡査。ヒミコ君、ちょっとそれを預かるよ」
山田にそう言われたヒミコがうなずくと、彼は地面に落ちた日本刀を拾って刀身を鞘から半分ほど引き抜いた。現れた刀身は、白い木で出来ていた。
「ほら、見てみたまえ。おもちゃだよ」
田中巡査がその刀を全部鞘から引き抜き、しげしげと刀身を見つめる。
「竹光というやつか? いや、そうだとしても、何のためにこんな物を持ち歩いている?」
そう詰問する田中巡査に、のんびりした口調でヒミコが答える。
「へえ、急に必要になったから貸してくれと言われる事があるもんですさかい」
「誰からだ?」
「へえ、例えば、ほれ、あそこにいてはるお嬢さんたちとか」
ヒミコが指差した先では、いわゆるコンセプトカフェのキャスト従業員の若い女性たちが宣伝のビラ配りをしていた。
うち一人は、侍の額宛てのような物を頭に付け、あちこちに肌の露出は多いが、明らかに女忍者、俗に言う「くのいち」の格好を模した服を着ていた。通行人にビラを差し出しながらしきりに繰り返している。
「忍者カフェへのご入城はいかがでござるか? ニンニン!」
その向こうでは、ミニスカートの制服ながら、戦国時代の武将の鎧姿を連想させる飾りのついた格好の女性が同じように通行人に声をかけている。
「戦国カフェでございまする。お殿様になりませんか?」
彼女たちとヒミコの刀をかわるがわる見ながら、田中巡査は目を白黒させつつも、納得せざるを得ない様子だった。
「な、なるほど。そういう事か」
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