秋葉原発、冥土行き

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 冬物とは言え、着古したブラウス、膝丈の地味なスカート、黒いタイツ、古びたスニーカー、そしてざっくりと編まれたベージュのカーディガン。真冬に逆戻りしたような気候の戸外を出歩けるような格好ではない。  だが、娘の高校の卒業式が終わるや否や、見知らぬ、どこの誰かも知らない男たちの所へ、金のために行けと強要する父親の手を振り切って、家を飛び出して来た十八歳の女にとっては、これが精いっぱいだった。  体と心の疲れからか、頭がぼうっとし始めた。いけない、こんなところで眠り込んだら凍死してしまうかもしれない。友恵が激しく頭を左右に振って意識を保とうとした時、高架下の空間のどこかから、「ギャッ」という短い悲鳴が聞こえた。  ギョッとしてその方向に目を向けると、暗がりの奥から、若い男らしき人影が、よろよろとした足取りで友恵の方へ近づいて来て、ほんの数メートル手前で地面にばたりと倒れた。  俯けに倒れた男の体の下側から、何かの液体があふれる様に地面に広がった。暗がりの中では黒く見えたその液体の流れの端が、非常灯の光が届く位置まで来たとき、友恵はそれが赤い事に気づいた。どう見てもそれは血だった。  突然の事に、息をするのも忘れる程に体が違う意味で凍りついた友恵の視界に、髪の長い人影が現れた。暗闇の中、かすかな外からの光で映し出されたその人影は明らかに女に見えた。そしてその右手には、下向きに細長い何かが握られていた。  非常灯の光がわずかに届いた時、その何かが銀色に輝いた。刃物、いや、形状から見て、日本刀? 友恵は体に残った力を振り絞って立ち上がり、その日本刀を持った人影から逃れようと駆け出した。  次の瞬間、首筋に蜂に刺されたような鋭い痛みを感じた。まだ刀が届く距離ではないはずなのに? そう思った友恵が首だけを回して振り向くと、その人影はまだ高架下の暗い空間の中にいた。  何が起こったのかを考える間もなく、友恵の視界がみるみる暗くなり、意識が途絶えた。
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