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友恵が意識を取り戻した時、まず目に入ったのは、薄茶色にすすけた天井だった。かすかに頭痛がしたが、起きられない程ではなかった。
身を起こすと、自分がベッドの上に寝かされていた事が分かった。ベッドと安っぽい折り畳み式の椅子がひとつ、六畳ほどの部屋の壁にクローゼットらしい扉があるが、それ以外は家具と呼べる物は何もない。
いわゆるワンルームマンションのようだった。体の上に掛けられている布団と毛布をどけた時、友恵は真っ青になって息を呑んだ。
ピンク色のスウェットの上下を着ていた。いや、着せられたのだ。あわてて自分の体をまさぐると、下着はそのままのようだった。
部屋の入口のドアが突然開き、茶髪を首筋まで垂らした、いかにも軽薄そうな若い男が姿を現した。キザな造りのカジュアルスーツに身を包んだその男は、ベッドの上で上半身を起こしている友恵を見て、「おっ」と声を上げた。
「よう! 気が付いたみたいだな。具合はどうだい?」
妙に甲高く聞こえる軽薄な口調でそう言いながら近づく男を見て、友恵は両腕で胸を隠して怯えた声で応えた。
「あ、あんたは誰よ? あたしに何をしたの? まさか、何かいやらしい事を……」
その男はにやにや笑いながら、おかまいなしに友恵に近づいた。
「ああ、その心配なら、いらねえよ。だって、ほら」
男は友恵の右手をつかんで、自分の左胸に押し付けた。そこには、明らかにぷにっとした感触があった。友恵は呆気に取られてつぶやいた。
「これ、おっぱい……あんた、女?」
「そう、男装の麗人ってやつ」
部屋のドアから突然声がした。
「やっとお目覚めかいな。あんさん、製紙工場の倉庫の側で倒れてたんやで。こんな寒い時に、それも真夜中に、あんなとこで眠りこんどったら死ぬで。ウチらが見つけて、そこのウルハがここまで運んでくれたんや」
そこには、すらりとした背格好の、腰近くまである長い髪を首の真後ろで縛って真っすぐ背中に垂らした、友恵より少し年上らしい若い女が立っていた。女物のパンツルックのビジネススーツの上下を着て、細い深紅の縁の眼鏡をかけている。
友恵はやっと事態を理解して、ベッドの上で飛び起き、正座して深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! 命の恩人に、そうとは知らずに大変失礼な事を言ってしまって。本当にすみません!」
男、いや、ウルハと呼ばれた男装の女は、微笑を浮かべたまま、友恵の肩をポンポンと叩いて言った。
「まあ、気にすんな。本物の男に間違えられるってのは、俺にとっちゃ名誉な事なんだよ。男装が俺の商売道具だからな」
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