赤い糸

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この人が私の運命の相手なんて・・・。 忘年会で始めて来た居酒屋。就職もしないで、アルバイトする冴えない店員。お世辞にも顔だっていいとは言えない。そうだ。加奈子の飼ってたパグに似てる。こんなの絶対おかしい。あの時から多分狂ったんだろう。 夜の役所はもう人もいない。「はい、受理いたしました。」受付で10秒ほどの手続きが終わり、私はれて、バツイチに。振り返ってみたっても、中高大と結構モテたし、顔も中の上くらいではあった。なんで捨てられたのか。それは未だにわからない。 友達と遊んで帰ると机には離婚届。「もう、無理なんだ。」電話で言われてから、あいつとは一度も話してない。真面目でメガネの銀行員の男。別に、そんなタイプじゃない。ただ、安定を求めた。それだけだ。将来の為に妥協した分、これから幸せになれると思っていたときだったのに。 語彙力がなくて、なにも言えないけど、めちゃくちゃへこんだし、悲しかった。漠然とした未来への不安だってある。 でも、まだ私は終わってないって思ってる。だって、私には赤い糸があるから。離婚した次の日急に見えるようになった糸。不思議なものだけど、この先にはきっと運命の人が待っていて、映画やドラマみたいな出会いの末に結婚できるはず。甘い妄想に浸って、まあとにかくなんとかなるんだ。 そんなことを思っていた昨日を返して欲しい。こんな奴に会う為に生きていた訳じゃない。ビールを飲み干すとタイミング悪く電話が鳴った。病院から。夢もなくて看護師になったけど、今は後悔してる。働く場所が沢山あるかわりに仕事内容がハードすぎる。こんな風にいつでも呼び出しがかかる。 「会計お願いします。」店員を呼んだ。明日は休日。あの男をじっくり審査するのにはちょうどいいのかもしれない。 「いらっしゃい」結局、午前中は仕事が入って、帰りがけに夕立に降られた。バックも服もびしゃびしゃ、最悪だ。とりあえずビールを注文。グラスに注ぐ音が気持ちいい。喉を冷たい液体が勢いよく通っていった。ふぅー、至福の時。 「すいません、焼き鳥と枝豆と・・・。」居酒屋の雰囲気に呑まれ、つい浮かれすぎた。ここに来た目的はあくまで男の観察だ。小指を見ると確かに、糸はちゃんと繋がっていた。「へい、お待ち」男が注文の品を次々と置いていく。近くで見ても、やっぱりかっこよくはなかった。机の上には甘辛い匂いの焼き鳥と枝豆、豆腐。ん?「あの、唐揚げ頼んでないです。」男に声をかけると「あぁ、サービスですよ。昨日、美味しそうに食べてもらったんで、俺の奢りです。店長には内緒でお願いしますよ。」くしゃっと笑ってから、厨房にすぐ戻っていった。変な奴だしかっこよくないし理想とは真逆。大したこともされてない。なのになぜかとっても嬉しくて「明日もくるよ」思わず言ってしまった。しょうがないよな。 明日も赤い糸を辿ってまたこの場所に行く。何でもないことに心が弾んだ。 外に出るともうすっかり晴れて、雲が2つ。 明日は天気になあれ。靴が空中に舞った。
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