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4時間目の終了を告げるチャイムが、スピーカーから鳴り響く。礼と挨拶をして先生を見送ると、まくりが鞄を持って席を立ち、優のところへやって来る。
ちなみに足長と言うより胴の長い優は、椅子に座っていてもまくりが立っている高さよりやや大きい。そのため、まくりは優と会話するときは基本椅子の上に立つ。
もちろん、きちんと上履きを脱いでから。
「あ、まくり。早くお昼にしよう」
屈託の無い笑顔を向ける優を、そう言い終わるや否や手持ちの鞄で勢い良く殴り付ける。優はまるで漫画のように吹っ飛び、3個先の机の上に綺麗に着地した。幸い、周辺に他の生徒は居なかったので被害者は優だけだ。
「『まくり様』と呼びなさい、優!!」
「は、はい……」
半泣きになりながら背中を押さえ(どうやら強く打ち付けたらしい)、優は自分の席へと戻る。全くもって、どうやったらこんな小柄で細い少女が、2m近い大男をここまで吹っ飛ばせるのだろうか。
最初の内は、クラスメイトも優の安否を心配したり、まくりに手加減するよう口出しをしていたものの、日常茶飯で起こっているこの二人のやりとりにそれは全て無駄だと分かり、今はまるで、目に見えずそこにある空気のような扱いをしている。
大体、優も優なのだ。様付けをしないと彼女に殴られるのを分かっていながら、ついやってしまう。しかも、一日一回以上とそれはもう頻繁に。
要するに、彼は彼女に対してだけは生粋のマゾヒストなのだろう。クラスメイトはそう解釈した。
「はい、まくり様」
何事も無かったかのようにまた優は幼い子どものような笑顔を向けて、鞄から弁当箱を二つ取り出す。そして花柄のナフキンに包まれた小さな弁当箱をまくりの前に差し出し、もう一つ緑色で無地のナフキンに包まれた大きめの弁当箱は、自分の前に置き直した。
「……今日のおかずは?」
「茹でたブロッコリーにピーマン炒め。あとはハンバーグだよ」
まくりの弁当を作るのは、優の役目だ。どの方面にも優秀な彼女にもちろん料理が出来ない訳はないのだが、優の方が断然上手い上、本人も他人に自作の料理を振る舞うことに喜びを感じているらしく、気付けばそれが当たり前になっていた。
まくりとしても、朝早起きして作る手間が減るので助かっている。女性は特に、おしゃれに費やす時間も計算に入れなければならないのだから。
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