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引き伸ばされた命
淫猥、暗殺、拷問、人攫い。治安の悪さを誘発する負の情念はぼうふらの如く蠢いて、いつの世も、表社会の隙間に潜んでいる。
悪意と復讐心の巣窟というのはどこにでもある。重ったい紫煙に満ちた裏路地に花街、廃寺、艶々しい装いの引出茶屋……いずれにせよ、夜になれば祭日のように賑わう。
そこには貴賤を問わず、怨情や欲望に目をぎらつかせた民が集う。つまり金になる場所だ。柘榴は幾度となく彼らの求めに応じては、金と引き換えに悪事に手を染めてきた。
「人の心を食い潰されて般若の如き辛苦を抱いているのなら、決して泣き寝入りするな。目には目を。俺に任せな。赤は縁起がいいだろう? 仇の血を噴き出させて、あんたらを笑顔にしてやるよ」
それが柘榴の言い分であった。
柘榴は一人旅をしていた。各地を巡りながら気ままに財布の紐を緩めているから、路銀はいつもすぐに尽きた。手持ちが少なくなると、柘榴は負の情念が集まる所を探し当て、そこに足を踏み入れた。そうしていくつか依頼をこなせば、懐が潤うのはあっという間だった。
数ある物騒な依頼の中で、柘榴が好んで請け負ったのは人殺しだった。客達も柘榴が近隣にやって来たと知るや否や、こぞって誰それを殺してくれと沸き立った。
尾のように背に流れる外ハネの髪に、隈の強い狐目。各地の要人を相手取り、荒事に長けた用心棒ごと哄笑の元に葬った元山賊、柘榴。その存在を知らぬ者など、裏の界隈にはいなかった。
多少高くついても、下手を打って返り討ちにされる可能性がある殺し屋より柘榴に頼みたい。そう願う人間は少なくなかった。闇の中は柘榴にとって心地良く、安らかな呼吸を許された唯一の世界であった。
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