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ワークショップ
ワークショップは基礎コースを選んだ。
タケシが一切芝居に触れたことがないのと俺自身も中西に褒められたとはいえ、自分では自信がなかった。
それで基礎コースを選んだのだ。
参加者は五人の少人数制のコースだ。
少人数制とはいえ稽古場は思ったより広かった
俺たちが来たときにはすでに三人が揃っていてそれぞれ、ストレッチや声を出したりとウォーミングアップしていた。
2人は女性で1人は男性で三人とも経験者のようだ。
靴を脱ぎ、下駄箱に入れて稽古場の床に足を着けた。
気持ちが切り替わる感覚が俺は好きだ。
タケシは興味深げに稽古場を見回していた。すでに来ていた三人より、初めて見る稽古場の方に興味があるようだ。
「すげー壁が丸々と鏡になってる」
「あの鑑で自分の動きをチェックしながら練習するんだ」
「体育館みたいだけど細かいところが違うんだな」
時間五分前になってみんな、正座や体育座りでそれぞれの座り方をした。
「俺、なんか緊張してきた」
タケシは小声で俺に言ってきた。
「最初はみんな緊張するから安心しろって」
時間になり、講師の先生が入ってきた。
先生は45歳と聞いていたがそれより10歳は若く見えた。
細面で目も少し、細目で背が少し高い人だ。
動きやすいようにジャージを着ている。
「皆さん初めまして今回講師を務めさせてもらう『田中秀樹』です。よろしくおねがいします」
「よろしくお願いします!」
その場の全員が声はまばらだが同じように挨拶をした。
中でも目立ったのは意外にもタケシの声だった。
ただのデカイ声ではなく、真っ直ぐと相手に届けるような声だった。
「身体の大きなキミすごいね! 他の子たちもだけど、キミの声が一番ボクの心に届いていたよ!」
「そうなんですか? 嬉しいっす!」
タケシは早くも先生と打ち解けた。
ここがタケシのすごいところだ。
本人は自覚になく初対面の相手を惹きこんでしまう。
参加している人たちはある程度経験があるはずなのに、芝居の経験などないタケシに負けてしまったのだ。
元々、タケシは野球部に所属していたのだ。
声を出すのは慣れていたのかもしれない。
しかも、ちゃんと場所を選んで、その場に適した声を出したのだ。
「さてと、挨拶はこの辺にして、演技経験者の人は手を上げてください」
「1、2、3、4……あれ、大きいキミは初心者?」
「はい! 野球しかやってきませんでした!」
先生も含め、その場にいた人たちはクスクスと笑った。
「はは。そうかそうか。でも、安心してね。ワークショップは失敗しても良い場所だから。むしろ、失敗しに来る場所なんだ」
先生はタケシにだけではなく、参加者にも向けて言った。
「完璧を目指すの良いことだけど、ここでは失敗を恐れないことを学んでほしいんだ。まあ、わざと間違えるのはダメだよ。だから、失敗してもみんな相手を笑ったりしちゃダメだよ」
俺は先生に好感を持った。
タケシに緊張しなくて大丈夫だよと言っておきながら、俺の方が緊張していたみたいだ。
先生の言葉でガチガチだった心が一気に柔らかくなった気分だ。
基礎であるストレッチと発声練習をしたら本題の授業に入る。
「それじゃ、このプリントを配るよ。基礎といえばこれだからね」
配られたプリントは役者をやっている者には当たり前のモノだが、初心者のタケシには全くわかなかった。
「ヒロト、これなんて読むんだ?」
「これはな『外郎売』っていうんだ」
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