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基礎
「外郎売っていうのは声優はもちろん役者の基本なんだ。基礎コースだからプリントを見ながらやろう。もちろん、暗記している人は見ないでやっても良いよ。途中で忘れちゃったらプリントで確認しても良いからね」
この先生は本当に優しいな。
専門学校の先生は一日で覚えろと言って、覚えられなかったら大目玉をくらうというのに。それがきっかけで三人は脱落していった。
『拙者、親方と申すはお立合いの中に
御存知のお方もござりましょうが
お江戸を発って二十里上方
相州小田原一色町をお過ぎなされて
青物町を登りへおいでなさるれば
欄干橋虎屋藤衛門
只今は剃髪致して 円斉と名のりまする
元朝より大晦日まで お手に入れまする
この薬は
昔 ちんの国の唐人 外郎という人
わが朝へ来たり
帝へ参内の折りから
この薬を深く籠め置き 用ゆるときは一粒ずつ
冠の隙間より取りい出す
依って その名を帝より 「とうちんこう」と賜る
即ち文字 「頂き 透く 香い」と書いて「とうちんこう」と申す
只今はこの薬 ことの他 世上に弘まり
方々に偽看板を出し
イヤ 小田原の 灰俵の さん俵の 炭俵のと いろいろに申せども 平仮名をもって「ういろう」記せしは 親方円斉ばかり
もしやお立合いの中に 熱海か塔の沢へ 湯治へ
お出でなさるるか
又は伊勢御参宮の折からは 必ず 門違いなされまするな
お登りならば右の方 お下りならば左側
八方が八つ棟
表が三つ棟玉堂造り 破風には菊に桐のとうの御門を御赦免あって
系図正しき薬でござる
いや 最前より家名の自慢ばかり申しても
御存知ない方には正真の胡椒の丸呑み白川夜船
さらば一粒食べかけて その意味合いをお目にかけましょ
先ず この薬を かように舌の上にのせまして
腹内へ納めますると
イヤどうも言えぬは 胃 心 肺 肝がすこやかになりて
薫風喉より来たり
口中微涼を生ずるが如し
魚鳥 椎茸 麺類の食い合わせ
その外 万病速攻あること神の如し
さて この薬
第一の奇妙には
舌の回ることが銭ゴマが裸足でにげる……』
「さてと、一回休憩にしようか。次からはもっと大変だぞ。よく口をゆすいだり、喉をうるおしたり、舌のトレーニングをしたりしようね」
そう言って先生は稽古場から離れた。
「いやー外郎売って難しいんだな演劇部でやってるの見たことあるけど、こんなに難しいとは思わなかったな。みんないつもやってるの？」
タケシの声で他の三人が近づいて話かけてきた。
「そうだよー。自分の家でやって、養成所でもやるくらい基礎中の基礎でむしろ、大げさな表現だけど覚えてないと役者失格みたいなところあるかも」
最初に話かけてきたのは『六夜留美子』さん、俺たちより二歳上で大学に通いながら養成所にも通っているらしい。
「基礎コースより中級コース受けないと本当はいけないんだけど、ここ《ワークショップ》の様子を少し見てから中級、上級を受けようと思うんだ」
六夜さんは話やすそうな人だったので、俺も勇気を出して話の輪を作ろうとした。
「そうなんですね。俺は専門学校に入って４か月でまだ知らないことばかりですよ」
「俺は野球しかしたことないんですよ」
俺に乗っかるようにタケシも話に入ってきた。
六夜さんが声を出して笑った。
「アレ、すごい面白かった！」
「笑うのこらえたよね」
「それで一番、声を褒められるってボクたちの立場は何なんだ！ って思ったよ」
「そうなんかなー。皆さんの方が声の通り良いし、嬉しかったけどいまいちピンと来ないんですよね。声褒められたの初めてだし」
「そういえば海馬くんって普段は大学？ 何専攻してるの？」
「あ、法律です。俺、弁護士目指してるんですよ！」
そこにいた三人は固まった。
「弁護士！？」
それはそうだろう。野球しかしたことなくてガタイが大きくてむしろ、弁護士とはかけ離れていそうなタイプだ。
「す、すごい！」
「弁護士志望がなぜここに！？」
「勝山ヒロトくんの話聞いてたらやってみたくなっちゃって、ワークショップを勧められたんですよ」
「あ、ああ」
突然、俺の名前が出てきてドキりとしたが、なんとか返事をすることができた。
「ふたりは友達なんだね。すごい、逸材連れて来ちゃったね……。そうだ！ ウチの養成所入らない？ もっと鍛えられるかも！」
「いやー今は法律の勉強で精一杯ですから……あ、時間みたいですよ」
５人は急いで、先ほどと同じように並んで座った。
先生が戻ってきた。
「外からだったけど、みんなたのしそうだったね。打ち解けたみたいで先生嬉しいよ。さてと、外郎売、後半戦といきますか！」
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