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出会い
「ヒロトー遅かったじゃないかーいままでどこ行ってたんだよー」
「仕事だよ」
玄関で靴も履いたままだというのに海馬タケシは気にせず抱きついてくる。
「俺は疲れてんだよ。まず家に上がらせてくれ」
「あ、ごめんごめん!」
ピンポイントに描かれているヒヨコの絵は可愛い。
それを着ているのはボディビル大会優勝、レスリング、柔道とあらゆる強めのスポーツをやってきた猛者だ。
それに比べて俺は、子どもの頃から目立たなくてヒョロヒョロしていた。タケシに連れられて入会したジムで少し筋肉がついたがタケシと並ぶとやはり細い。
タケシと俺は高校の頃、偶然の出会いだった。
引きこもり体質の俺は図書室で借りられるギリギリまで借りるということをやっていた。
体力ないくせにこんなことには率先して動き、我ながら情けないと思った。
読みたかったシリーズ全10巻を図書委員の元に持っていこうとしたら、本の重みで転びかけてしまった。
「うわっ!?」
本はバサバサと何冊か落ちてしまったが、俺は後ろから両肩を掴まれ、前のめりになって転ぶのを免れた。
「大丈夫? ……勝山くん」
「あ、ああ。ありがとう。海馬くん」
このときが俺とタケシとの出会いだった。
タケシはスポーツでの活躍や持ち前の愛嬌で男女問わず人気で同学年ならだいたいは知っている有名人。
タケシが俺みたいな根暗なんか知るわけがない。名前も名札を見てわかったんだ。
落ちた本を広い、貸し出しコーナーへと向かう。
(そういえば海馬タケシを図書室で見るのは初めてだな。勉強しに来たのかな?)
借りた本が面白く、電車に乗ってるとき、朝の時間のとき授業の準備などを使って本を読んだ。とくに面白い本のときは体育を休むにまで及んだ。
タケシは常にグラウンドにいて汗だくのイメージだったが、受験前で三年生の部活が全てなくなったときから帰りに見慣れない生徒を見かけるようになった。
俺は元々、部活には入ってない生徒なので、
いつも通りだが、やはり、景色は変わるものだ。
そんななか「勝山くん!」て声をかけられた。
頭の中で次に読む本を考えてたので、タケシ
が隣に来るまで気づかなかった。
「あ、え? 海馬……くん?」
「一緒に帰ってもいいかな?」
「いいよ」
「ありがとう。こっちから帰る人いなくて心細かったんだ!」
俺よりタケシの方が強いと思うけど、案外メンタルは俺の方が上らしい。
でも、俺は運動部の過激さには耐えられない。
「海馬くんはどこの大学行くの?」
当たり障りのない会話を試みる。
「わ、Y大学……」
「Y大学! 超頭良いじゃん!」
「勝山くんはどこにいくの?」
「えっと……声優……」
「声優?」
「声優の専門学校……」
このことを言うのはすごく勇気がいった。
親からも担任からも三時間も積極喰らったりした。
友達がいないので他の人に言ったことがない。
なぜ一回しか会話をしたことがないタケシにこのことを話したのか。
一回しか接点がないから話せたのかもしれない。
「いいね。声優の学校」
タケシは微笑んで言った。
それは反応に困ってでも、馬鹿にしたものでもない。純粋な尊敬の眼差しだった。
「はは。役者で食べていける確率低いんだぜ。……」
「俺には役者の専門学校行くって考えたことないな。一緒に頑張ろうね!」
タケシの言葉に、俺は泣いた。
「わ、わ、どうしたの? 勝山くん!?」
「ご、ごめん……」
「とりあえず、公園のベンチに座ろう」
タケシは俺にホットコーヒーを渡してくれた。
「俺さ……声優になりたいって言ったとき『お前には無理だ』『進路買えろ』って言われてきてさ。初めてなんだ『頑張ろう』って言われたの」
タケシは黙ったまま、缶コーヒーで手をあたためるかのように転がしてる。
泣いてる姿を見られたり、隠していた気持ちを話すことを不思議と恥ずかしいとは思わなかった。
タケシなら受け入れてくれると漠然とこのときから感じていたのだろう。
「勝山くん? スポーツ好き?」
「うまくはないけど好きかな……部活レベルじゃなくて、のんびりと好きなときにやるみたいな」
「俺、スポーツ嫌いなんだ」
「え、マジで!!」
俺は驚きを隠せなかった。
タケシはあんなに落ち着いて俺の話を聞いてくれていたのにすぐに反省した。
「体格が良いってだけで野球とか柔道とかバスケとかやらされてね。でも、そのおかげでスポーツ入選で合格しちゃったからね」
「でも海馬くん、勉強もできるじゃん」
「ははは。俺、実は弁護士になりたいんだ」
「そっか……」
今度は冷静に対処できたが心はバクバクだった。
「弁護士になりたいって言ったの先生と親以外だと勝山くんが初めて……なのかな……」
タケシは歯切れの悪い言い方をした。
「先生、みんなの前で言ったんだ。海馬が弁護士目指すって尊敬する子もいたけど、似合ないって笑う子もいた」
「それ、ひどいな……」
「俺ってこういうキャラじゃん? だから、気にしてないつもりだったけど、やっぱ心は傷ついてたみたい」
タケシの話し方を聞いて、俺の心も酷く傷ついた。
夢を目指すのってそんなに悪いことなのかな。
俺はいつも疑問に思ってた。
中学生になった途端、みんなの将来の夢は『公務員』『会社員』になっていた。
俺も焦って公務員と書き直した。
今なら、なぜみんな本当の夢を書かなかったのかがわかる。
自分の夢を書くと必ず、大人が『やめろ』と言ってくる。
だから、仮面で守っていたのだ。
俺にはそれが出来なかった……。
「勝山くん……大丈夫?」
「え、ああ! そろそろ帰ろう!」
俺は海馬の分の缶も受け取って、ふたりして帰路についた。
そのときの会話は覚えていない。
不思議なものでその日を境にタケシと接触する日が卒業する年だというのに増えていった。
タケシに一方的友人関係を感じたせいだろうか。
覚えた単語をよく目にする現象『カラーバス効果』のようなものだろう。
単語に限らず、意識したモノの情報が目に入るようになりやすいらしい。
タケシは今日は後輩の練習を見に行くらしい。
俺は図書室で勉強しようと思ったが人が思いの外、多くて素直に帰宅準備を始めた。
図書室以外居場所がなかったが、試験前ではいつも見る光景だ。
なぜ、自分はこんなにがっかりしているのだろう。
図書室でしか勉強できないタイプでもないというのに。
最近タケシと一緒に帰っていた道の景色が変わった気がする。
隣に、あんなに大きいのがいたら、それは見える範囲も変わるだろう。
この道ってこんなに広かったんだな。
元々ひとりで帰ってた道が遠く感じた。
タケシと初めて会話らしい会話をした公園のベンチに座った。
あの時の会話を振り返る。
公園の外から部活帰りらしき、学生たちの声がザワザワと聞こえる。
声の中心には頭ひとつ飛び抜けたタケシが笑っていた。
タケシと目が合うとお互い手を振った。
俺はタケシが集団から抜け出してやってくるのを期待したが、タケシはまた会話の輪に戻っていった。
あのスペースに俺は入れないんだ。
家に帰って声優のインタビュー本を読む。
苦労してない人なんていない。
自分も、もちろん、その覚悟はできている。
できているはずだった。
担任の一言で自信が揺らいだ。
「声優になりたいんだよな?」
担任は興味なさそうにボールペンで頭をポリポリとかいた。
「は、はい!」
俺はなるべく元気よく返事をした。
少しでも声優になることをアピールするんだ。
「なんで、声優目指してんのになんで演劇部に入ってないの?」
「え?」
「野球部に入っていなかった野球選手なんていないでしょ」
何も言い返すことができなかった。
そうだ。
俺は演劇部に入っていない。
言い訳になるが、声優になりたいと思ったのは高校三年生からで、もう三年生が入る余地なんてなかった。
「それに俺の生徒に声優になったヤツなんていないし」
俺はフラフラしながら相談室から出てきた。
タケシと出会ったのはそのあとのことだった。
改めて、声優のインタビュー本を読み直した『とにかく説教されましたね』『担任の先生に烈火のごとく怒られましたよ。進学校でしたからね』
現在大御所の人たちの大半が否定されていた。
「そうか。みんな同じだったんだ……」
本に水がポタポタと落ちていく。
自分が泣いていることに気付いたのは鼻水が出たときだった。
久しぶりにタケシと帰るとき、一緒に夕飯を食べることを提案してきた。
こんなことは初めてだった。
俺は嬉しくて母親のスマフォにLINEを打って許可を貰った。
もちろん、遅くならないことも、友達が良いヤツってことも書いた。
そもそも、タケシ以前に友達とどこか行くということをしたことがなかったのだ。
高校三年生になると恋人とかの方が嬉しいんだろうけど、誰かと一緒に行くだけで幸せだ。
「おお。ここが噂の安くて上手いイタリア料理が食べられるレストラン!」
「ちょうどクーポンが合ってさ。しかも期限今日まで。それで一緒に行ける人探そうとしたんだけど、最初に勝山くんにしてよかった」
「ははは! 俺を一番に選ぶとは見る目があるな!」
明るく振る舞ったが内心、ドキドキだった学校以外でしかも人の出入りが多い店で学生がいて補導されないかどうかとか。
店が近づくにつれ、急に怖くなっていたのだ。
でも、店内を見回すと自分たちと同じくらいの生徒や同じ学校の制服を着た生徒が何人か座っていた。
「ここ、暗黙の勉強ルームなんだよ。まあ、ある程度お金持っててあんまり消しゴムを使わないような勉強できるやつとか」
「へっへぇーそうなんだ……」
「俺たちは純粋に飯食べに来たから、堂々としてていいんだぞ。クーポンもあるしな!」
「お、おう」
クーポンをなんかの盾だと思ってるのか?
「テーブル席は広くて良いなー」
タケシは温泉にでも浸かるかのように背もたれに腕をかけた。
「さてと、何食うべー」
手を消毒すると早速、メニュー表を広げた。
「こういうとこあんまり来ないから、俺よくわかんないよ」
「そうか! じゃあ、俺のオススメと二人で食べられるもの食べような!」
俺はタケシに全てを任せた。
任せた結果。
「おい。ちょっとこれは多くないか?」
「え? そうか? いつもより少ないと思うんだけどな……」
テーブルいっぱいにある料理。
ピザ、グラタン、ポテト、パスタなどなど確かにイタリア料理のフルコースだ。
その中で気になったグラタンを俺は手にしてみた。
「ぐ、グラタン食べて良い?」
「遠慮しないで食べたいと思ったやつたくさん食べてもいいんだぞ」
気持ちはありがたいが、タケシが何を考えているのかわからない。
俺ってそんなにタケシに気に入られるようなことしたかな。
「うまいな」
「だろ。ピザとか最高」
お互い「美味い美味い」しか言わず、会話がなく、料理が徐々になくなっていく。
「勝山くん、声優になりたいきっかけって何?」
「え?」
俺の心臓は跳ね上がった。
タケシからそんなことを聞かれると思っていなかったからだ。
相手がなぜその職業を目指すか聞くのは珍しいことじゃない。
俺は水をひと口飲んで心を落ち着け、タケシに言った。
「えっと……メイキングっていう制作の裏側紹介みたいな番組を見て……」
「ほうほう」
タケシは興味深く聞いていた。
「そのときに笑顔で共演者やスタッフと挨拶していた人たちが、マイクの前に立つと真剣な表情になって芝居をするんだ声だけで」
「声優だもんな」
「声の変化に合わせて表情も変わったりしてすごく面白かったんだ。こういう世界があるんだって」
「なかなか見る機会ないもんな」
「それでいろいろ調べて、この声とあの声は同じ人だったんだとかもっと感動してさ。とくに夢とかなかった俺に夢が出来たっていうか。高校三年でやばいよな……」
俺の悪い癖だ。バカにされる前に自分で自信を引っ込める。
「いいじゃん。俺も弁護士なんて大それた夢だと思ってるし」
「海馬くんは……」
『勉強ができるじゃないか』と言いかけた。
彼を傷つける言葉な気がしたからだ。
「弁護士になるのすげー大変なのよ。すげー難しい試験とか試験とか試験とか」
タケシは指で数えていくが『試験』ばかりで俺はつい笑ってしまった。
「ははは。試験ばかりじゃん」
俺は初めてタケシの前で笑ったかもしれない。
「まあ、とにかく試験がすげー大変って声優の方も同じか」
「あ、ああ。なんで引っ込み事案の俺がって思うけど」
「大丈夫だ。俺が付いてる」
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