嵐を呼べ、オロンゴ

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「嵐を呼べ、オロンゴ!」  大酋長ガザンガランは甲高い声でそう叫んだ。  その足元で平伏しながらオロンゴは、ただ、うるさい声だなあ、としか思っていない。  ガザンガランは若い。大ウミガメ支族の出身で、血筋の良さと言うよりは、これといった後ろ盾がないことで他の族長たちから推されて大酋長になった。  要は、他の族長たちに都合のいい操り人形である。  ガザンガランは薄々それに気づいているから、大きな手柄をたてて自分個人の力を誇示したい。流れ者であったオロンゴを大呪術師に抜擢し、しきりと仕事をさせようとするのは、そうした内心の表れだ。 「雨を呼ぶのはお前の大得意ではないか。今まで何度となく、乾季の草原に水をもたらし、枯れ草にいのちを呼び戻し、餓えた牛たちを救ってきたではないか。しかるに、此度の戦が始まって以来、やれ星の配置が悪いだの、やれ嫁が産気づいただの、やれ急にお腹がいたくなっただの、まともに仕事をしたことがない。おかげでエレンベクゥの奴隷狩り風情に、いつまでたっても勝つことができん。頼みにならぬ大将よと、他の族長たちはワシをわらっておる。わらわれておるのはワシばかりではない。ワシがわらわれるということは、オロンゴ、すなわちお前の怠惰をわらわれておるということぞ。そろそろ一つ奮起して、雨を降らせ風を起こし、奴隷狩りの者どもをおおいに怖気させてはくれぬか」 「恐れながらガザンガランさま、こたびの戦、ちっとも負けてはおりませぬ。雨季のおわりとともに戦が始まって以来、虜を取られても取り返し、攻め取られた村はただの一つもなく、奴隷にされた者は四つの支族のなかにただのひとりもおりません」 「戦は勝たねば手柄にならん!」  ガザンガラン、本音が漏れた。 「では貴様はいつまでも戦が続けばいいと思っているのか」 「いつまでもは続きません。乾季が終わればエレンベクゥはしぜんと己の地に帰ります」 「そしてまた、次の乾季に攻め込んでくるではないか」  それでいいんだよ。とオロンゴは思っているが、今の大酋長に何もかもを理解できるとは考えていない。その背後でニヤニヤしている、支族長たちにも話の分かる者はいない。オロンゴはパン、と手を打ち叫んだ。 「さすが大酋長! オロンゴ、そこまでは考えが至りませんでした」  支族長の一人がぷふっ、と笑った。ガザンガランはキッ、と振り返って笑った者を探す。振り返ったときには皆神妙な顔になっている。  めんどくさいなあ、と思いながらオロンゴは、 「では、早急に呪いの支度をいたします。赤い獅子の星が金星とすれ違うころには、すべて整いましょう」 「うむ、急げよ。退がってよい」  ははあっ、と言って額を地面にこすりつける。内心、支度などするつもりはない。獅子の星が金星とすれ違うのは六十年後だ。ここのお偉方は、そんなことすらわからない。わからぬことを認める器量すらない。  大酋長の天幕を出て、オロンゴは伸びをした。衛兵たちの目の前で大あくびをして、腹を搔きながら家路へとついた。  
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