嵐を呼べ、オロンゴ

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 オロンゴの天幕は、大酋長の天幕から半日ほど歩いたところにある。どこの村からも見えるが、どこからもほどよく離れている。  美しい妻がいる。形のよい手でキャッサバの粉を団子にしたものを、油のなかに一つずつくぐらせている。楽しそうに働く女は良いものだ。オロンゴは戸口に立ってしばらく声をかけず、見守っていた。 「あら、お帰りなさい」 「いい匂いがしますね」 「クワベナさまとおっしゃる方が、以前のお礼だと仰って、お魚をたくさん置いていってくださいました。煮つけて落花生のたれをつけるとおいしいと思います。お芋といっしょに召しあがっていただきますね」 「クワベナか。まともに暮らしているようでしたか」 「なんでもたいへん羽振りがよいご様子でした。あれ以来運が向いてきたとか」 「博打かな」 「そうかもしれません。それにしてもあるじ様は本当に、行く先々で人助けばかりなさってきたのですね」 「助けたり、助けられたりです。それより、その『あるじ様』という言い方はもういいかげんやめてください」 「だって、奴隷だった私を買い受けてくださったのはあるじ様ではありませんか」 「それはあなたを自由にするためです。あなたをわが物にしようとか、邪な心でしたことではありません」 「邪だなんて。あるじ様こそお気づきになりませんか。あるじ様がそうおっしゃるたび、わたくし胸が痛くなります」 「……芋が焦げますよ」 「まっ! 大変!」  オロンゴは妻の本当の名を知らない。妻が語ろうとしない。言えばすぐにどこの王族か知れるような、高貴な血筋なのだろうと思っている。  攫われたのか。国そのものが失われたのか。  いずれにしても、本来ならば妻こそがあるじであって、オロンゴはそれに仕える身であるはずだった。それが自然だった。だが、その妻がこういう関係を望んでいるのだ。  身の丈にあわぬ幸せを得た。オロンゴはそう思っている。  だからいつか、妻の血筋に連なる者が現れ、その部族のすみかに連れ帰りたいと言い出したら、そのときは妻を笑って見送ってやらねばならないと思っている。 「……でも、大酋長さまのことは助けてあげないんですね」  妻の声に我に返った。物思いにふけって、話のつながりが束の間わからなかった。 「もう、そんな噂が広がっていますか」 「だって、誰がどう見てもそう思いますよ」 「それは困りました」  オロンゴは大げさな困り顔を見せ、その顔は妻を笑わせた。 「あるじ様のことですから、きっと深いお考えがあるのでしょうね」 「それは、誰にも気づかれぬままのほうが良いと思っています」 「はい」  こういうとき、妻の返事は短い。その一言に、オロンゴに対する全幅の信頼があるのを感じる。そのたびオロンゴは、この美しいひとを守らねばならないと思うのだった。        
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