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 僕には密かに恋い慕う人がいた。  だけどそれは決して叶う事のない恋で、恋人にだなんて大それた事は思わない。ただ傍にいられるだけで僕は幸せだった。 *****  僕の名前はレイトン・ダナ・ヴァレンシス、つい数日前に十六歳になったばかりだ。身分は男爵家の三男で、貴族と言いながら決して裕福ではなかったけれどお父様お母様、上のお兄様たちにも可愛がられて育った。  だけどある日を境に僕は誰からも見向きもされなくなってしまう。  貧乏貴族の三男ともなれば期待もされず早々に家を出されてしまうのが普通かもしれないけれど、僕の場合はそれとは少し違っていて、最初からいない者のように扱われた。幼い僕には辛く寂しく、お兄様たちが叱られている姿さえも羨ましいと思っていた。  かつてのお父様は少し傲慢な所はあるものの身内に対してはとことん甘い方だった。幼かった僕に『傲慢』だなんて言葉が分かるはずもなく、人々が噂するのを耳にしただけの話だけど、今なら少し分かる。  僕がその身内枠から外れてしまったのはもう随分と昔の事のように思う。  今も昔も変わらない事は当主であるお父様はヴァレンシス家の者、使用人も含めて絶対的な存在だ。それはお父様のお心次第なところもあって、全てに対して公平とは言い難く気分に左右される事も多かった。それ故に傲慢な所があると言われてしまうのだろう。  お父様が僕の事に無関心であればお兄様たち、そして使用人たちも僕に無関心で、特に酷い扱いを受けた事はなかったけれど大事にされていると感じる事もなくなっていた。  そんな事が三年程続き僕がハつの時、年の離れた上のお兄様とあまり年の変わらないケインが執事見習いとして屋敷にやって来た。まだ若かったケインはみんなの僕への扱いを知りながらもそれに習わず、優しくしてくれた。本当はこんな事していたらケインの立場が悪くなってしまうと思うのに、ケインは「大丈夫ですよ」と笑うだけだった。  ケインだけが僕の遊び相手になってくれたり、時にはパンを焼いて食べさせてくれたりもした。そのパンがふかふかで物凄く美味しくて、僕はいつも頬をぱんぱんにさせながら頬張っていた。食事を抜かれ空腹だったとかそういう事ではなく、彼の焼くパンは「趣味ですから本職には敵いませんよ」と謙遜するけど、僕には他の何よりも美味しかった。彼と同じで素朴でとても優しい味がしたのだ。僕と違って何でもできてすごいなぁって、もうひとりのお兄様のように感じていた。  それがいつしか恋に変わったのは自然な流れだったのかもしれない。  役立たずの何も知らない子ども、それが周りからの僕の評価で僕自身もそう思っていた。ただケインと一緒の時だけは僕は『特別』でいられた気がする。  そんな僕が子爵家の先代のご当主であられるロドリゲス様の側室になるのだと、この国で成人と認められる十六歳になったその日にお父様に告げられた。  ロドリゲス様は御年九十三歳とご高齢で、僕とはかなり年齢がかけ離れている。  男である事もそうだけど、何もできない僕なんかがロドリゲス様の妻としてのお役目を果たせるのか不安で堪らなかった。それでも僕はお父様がお決めになられた事に逆らえない。  それに役立たずの僕が初めて家の役に立つのだから僕は行くしかないのだ。  雲ひとつない空をヴェール越しに見上げ、胸が苦しくて堪らなかった。  今日僕はケインと離れ、ロドリゲス様の元へと嫁ぐ(行く)――――――。
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