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2 ①
「――――坊ちゃん、お綺麗でございます……」
嫁ぐ日の朝、ケインの言葉をヴェール越しに聞きながら他の男の為の装いに綺麗だなどと言われても嬉しいとは思えなかった。
僕は何も言わないまま真っすぐ前を向いた。
走り出す馬車、決して後ろを振り向いたりしない。
彼が僕の見送りを終え、すぐに業務へと戻っていく姿を見たくはなかった。
*****
ギュスター子爵邸に到着すると、僕はそこの家の者に恭しく手を取られ旦那様の元へと連れて行かれた。男の側室といえど花嫁という事なのだろう、僕なんかが大切に扱われていいのだろうかと少し戸惑う。
扉を開けた先にいらした旦那様は青白いお顔をされていて、ベッドに座っていらした。
どこかお身体の具合でもお悪いのだろうか? それともお年のせい?
ゆっくりと礼をとり、名前を告げる。
「――レイトン・ダナ・ヴァレンシスと申します……幾久しくよろしくお願い申し上げます……」
「わしはロドリゲス・ヴァン・ギュスターだ。こちらへ――」
言われるがままロドリゲス様のお傍へと行くが、その後どうしたらいいのかが分からない。
嫁ぐ話が決まってからすぐに教科書を用いて教えられた夫婦の褥の事。それを今からすると言うのだろうか?
噂ではロドリゲス様は色狂いの珍しい物好きという事だった。ならば僕のように何の取り柄もない男でも飽きるまではそういう事もされるのだろうか。
覚悟してきたはずなのに自分の身の内にケイン以外の誰かを受け入れてしまう事を想像して、ぶわりと肌が粟立った。
緊張から喉はカラカラになり全身に変な力が入ってしまう。どのタイミングで寝台に上がればいいのだろうか、どのようにしたら――教えられた事だけでは分からない事だらけで、大人しくロドリゲス様がなされるのを待つ事にした。
最中は目を閉じただ寝ていればいい――、そうすれば全ては終わっている。
ロドリゲス様が棒立ちのままの僕に手を伸ばされ、かさつく指が触れびくりと肩が震えた。
やはり好きでも嫌いでもない相手との深い触れ合いなんて、できればしたくはない。いずれはこうなるのだとしても、せめて初めてはケインとしたかった……。
どんな事があっても泣くまいと決めていたのに涙がぽろりと零れた。
ああ僕は覚悟かくごと言いながら何も覚悟なんてできていやしない。お父様の為を思いながら結局は自分の事ばかり、こんな風だから僕はお父様に愛されなかったのに――。
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