1/1
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

 ロドリゲス様は僕の様子に「くっく」と少し笑って、僕の手を優しく握った。 「まるで猫に見つかった子ネズミのようじゃの、――大丈夫じゃよ。わしは見ての通り老体で、無体な事などできようはずもない。だからそんなに緊張せずともよい」 「で……ですが……」  それでは僕がこちらに嫁いできた意味があるのか分からない、全ては間違いで僕は家へと帰されてしまうのだろうか?   これはお父様への罪滅ぼしであり、お父様の幸せの為であるのだからそれは駄目だ。  ぎゅっと口を引き結びロドリゲス様を見つめる。 「心配せずともよい。お前がわしのような者の元へ嫁いできた意味を分からないはずもない。ちゃんとお前の実家に便宜を図る事を約束しよう」 「は……はい。ありがとうございます」  頭を下げると、ロドリゲス様は「ふむ」とおっしゃって、じっと僕の顔を見つめた。 「――ひとつだけわしの願いを聞いてくれるか?」 「はい。ぼ……私でよろしければ何でも」 「『僕』でよい。それでな、わしの命はそう長くはもたぬ」 「そんな事――」  口では否定したもののご様子から察するにきっとロドリゲス様のおっしゃる通りなのだろう。  僕はその先の言葉が出なくて、次の言葉を紡ぐ事なく口を閉じた。 「妻は随分と前に亡くなっていて、寂しくて色々とやらかしてしまったという自覚はある。じゃがな先がないと知ると不思議なもので『色』よりも『情』が欲しくなったのじゃ。子どもたちはわしの放蕩三昧に呆れ果てていて近寄っても来ぬ。自業自得とは思うが、ひとりで逝くのが寂しくてな。商売女ではなく貴族のお嬢さんではいくら『白い結婚』であったとしても世間に信じては貰えまい、わしが逝った後辛い思いをさせる事になる。男であればと考えたわけだが――じじいの我儘に付き合ってくれるか? 家族として傍に寄り添ってくれるか? こんなじじいの相手ですまんが、決してお前に本当の妻としての役割を求めたりはせん。祖父と孫……とでも思ってくれたらよい、ただ傍に……傍にいてくれさえすればよい」 「――は……い」  僕はロドリゲス様のお話を聞きながら自分と同じでは? と思ってしまった。  過去の行いにより誰からも見向きもされず、愛が欲しいのに愛を貰う事ができなくて、こんな僕なんかに頼らなくてはいけないのだ。  それに、皆が噂していたようにロドリゲス様は性に奔放な時期も確かにおありだったようだけど、それも全て奥様を早くに亡くされた寂しさが故。  この方は『僕』であり、『お父様』なのだ。  ああ――。  やせ細った大きな手が優しく僕の頭を撫でた。こんなのはケイン以外では久しぶりの事だった。緊張で硬くなっていた身体が緩んでいくのを感じた。 「幾久しく――とは言えぬが、どうかわしの最期を看取っておくれ」  優しく微笑むロドリゲス様に僕は、夫婦としては愛せないけれど家族として愛そうと決めた。この孤独で優しい人の僅かな時間を僕がいる事で少しでも幸せに過ごせていただけたら――僕自身も救われる気がした。 「はい。僕でよかったら」  僕はそう言うと少しだけ微笑んで見せた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!