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彼と再び会えた喜びは以前にも増して僕を幸せにしていた。だけどそんなものは長く続くはずもなく、すぐにまた別の方の元へと嫁ぐ事になった。機嫌良く嫁ぎ先の話をするお父様、どうやら僕は完全にお父様にとって『息子』ではなく『道具』になってしまったようだった。最初は多分厄介払いのつもりだったはずだけど、すぐに出戻った事でまた使えると思われたようだ。
次は伯爵家で、ロドリゲス様のお力添えも合わせヴァレンシス家は男爵から子爵へと昇格していた。
再びの別れに僕は今度こそもう二度とケインに会えないのではないか、と思った。
だけどまた同じようなやり取りがあり、僕は妻の役割を求められる事なく年老いた方の傍に寄り添いお世話をしながら最期を看取った。そして同じようにヴェール越しに別れのキスを贈った。
そんな事が何度も続き僕は世間では『娼夫』『あばずれ』『淫乱』と言われ、若い肢体を使い老人をたらしこんでいると噂された。僕の相次ぐ婚姻と家の繁栄を見ると、事実はどうであれそう噂されるのも仕方のない事だと思った。
だけど、世間に何と言われても構わないがケインにだけはそんな風には思って欲しくはなかった。それでも、僕はケインに嫁いだ後の事を言いたくなかった。誤解だと言ってみたところで信じてもらえなかったら、と怖かったのだ。
それにそういった夫婦の事を口に出して言う事は何となく憚られた。お相手に対して失礼だと思ったからだ。
どの方も僕の事を大切にして下さった。本当の家族に貰えなかった温かな愛情を沢山下さった。そんな方をご老体だから性的な接触なんてできるはずもない、していませんなんて言いたくない。
そして今日はレヴュース侯爵家へと嫁ぐ何度目かの別れの日、ケインは初めて
「――坊ちゃん、お幸せに……」
と言った。何だかそれは僕の旅立ちを祝うような、もうこれでお別れのような意味に聞こえてケインの方を見てしまった。
彼が傍にいないのに本当の意味での幸せになどなれるはずもないのに。
今回が今までと同じではなく、妻の役割を求められるかもしれない。だと言うのに「幸せに?」
僕はまるで八つ当たりのようにヴェール越しに彼の事を睨んだ。
離れて行くのは僕で、彼ではないのにまったくなんて勝手な話なんだと思い直す。だけど今回は僕の方も何だかいつもとは違う焦りのようなものを感じて、馬車が動き出しても初めて彼の事を見続けた。
彼は頭を深く下げ、お互いの姿が見えなくなるまでずっとその場に留まっていた。
ああ……今までもこうやって彼は僕を見送ってくれていたのだろうか。
僕を見るいつかの彼の瞳は熱を帯びていなかったか?
僕を見送る彼の瞳は切なさを滲ませてはいなかったか?
あれは雇われた家の子どもに向ける瞳ではない、あれは恋……あれは愛――。
ずっと、僕の願望が見せたまやかしだと思っていた。
彼は――ケインもまた僕と同じ想いでいてくれた?
次に帰ったら今度こそ彼に気持ちを伝えよう。そして受け入れて貰えたならふたりで逃げよう。今回の婚姻でヴァレンシス家は侯爵になれるかもしれない。もしもなれなかったとしても持ち帰る遺産で何とかできるはずだ。もうこれで家への恩は果たせた。お父様の幸せは爵位では得られないのだとお気づきになるだろう。お父様を幸せにしなくてはと思い続けてきたけれど、沢山の旦那様との出会いで僕は分かってしまった。
爵位を求めるのはお母様への当てつけのような物で、お父様は幸せになる気がない。
であるなら僕がここにいる意味はない。
だから僕は僕自身の幸せの為に、家を出る――。
そう思っていたのに、家に戻った時にはケインは仕事を辞めて家にはいなかった。僕の帰る場所がなくなっていたのだ。
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