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幕開け
「朔」
バイトに行く前、佑成さんはあたしを玄関で呼び止めた。スニーカーに片足だけ入れたまま振り返ると、佑成さんは壁に手をついてジっとこっちを見ていた。
「何ですか?」と訊くと、佑成さんは一呼吸置いた後「今日話したいことあるんだけど」そう呟いた。
起きてからあたしが家を出るまでの間に“話したいこと”を口にしなかった佑成さん。
すぐに終わる話ではないのか、それともきちんと時間を確保して話さなければいけない重要な事なのか。
「分かりました」
詳細は分からないけれど、あたしはコクリと頷いた。
「いってらっしゃい」と見送ってくれた佑成さんは、今日も顔面が国宝級。寝癖がついていても、前髪をピンで留めていても、そのレベルが落ちることはない。
だけど、どこかいつもより表情が硬く感じたのは気のせいだろうか。
「……んー」
アパートの階段を下りて、佑成さんの部屋を見上げる。大学の卒業難しいかもしれないとか、卒論間に合わないかもしれないとか、そういう類の話だったらどうしよう。佑成さんをどう勇気づければいいだろう。
「……佑成さんが好きな物買って帰ろうかな」
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