前編「信長という者」

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 抹茶が出来上がると、茶道家は、無表情で信長の前に置いた。  「あっ、ははは、退屈過ぎて寝てしまったわ。」  起き上がった信長は、抹茶に目を向けた。  「何? 何やら、まずそうだのぉ。おい、お前、飲んで良いぞ。」  信長は、目に入った家臣に、首を動かして、促した。  「は、ははぁ!」  家臣は、何かを言いたそうだったが、我慢して抹茶に手を取り、飲んだ。  「殿! これは、絶品でございます!」  「おーそうか、では、わしも。」  家臣の言ったことを信じ、信長は、もう一つ出された茶をいただいた。  それから、彼は、茶にはまるのだった。  さらに、城下町を回った時のこと。  信長は、店の売り物を取り上げた。  「これは、美味しそうだな。」  「採れたてです。美味しいですよ。」  「ふーん。」  信長は、無断で、付き添いの家臣に手渡した。  「殿、銭は?」  商人が訊くと、信長は、耳元で言った。  「楽市楽座を始めたのは、どいつだ? お前らがここまで暮らせているのは、どなたのおかげか?」  すると、商人は、微妙な顔を浮かべ、引き下がった。  「行くぞ。」  信長は、素知らぬ顔でその店を去っていった。  うつむく商人の前に、一人の客が訪れた。  「あっ、いらっしゃい!」  商人は、何事もなかったかのように、笑顔で威勢のいい声で言った。  最後は、酒井が目にしたことである。  家臣たちが休む場で、一人の家臣がいじめを受けていた。  身分の差のことだった。それに加え、いじめられていた者は、見た目に対する酷い言動を浴びせられていた。  「次の戦、先にお前が死ね」だの、残酷なものだ。遠くで見ている酒井は、止めたいと思っていたが、絶対に止められない理由があった。  「西田というやつがいたな。あやつは、足を引っ張ってばかりだ。」  「でしたら、我々に。」  「馬鹿者。こういうことは、言わんでもやれ。わしが悪者のようではないか。これ以上、わしの城を血で汚すわけにはいかないからの。」  酒井が盗み聞きした信長と一人の家臣との密談だ。その家臣は、声からして分かる。いじめている者らの一人だった。  そういう日々が過ぎ、酒井は、再び剛田の家を訪ねた。  「しかしながら、月日というのは、早いものだな。」  「はい。」  「では、案内してもらおうか。」  「ははぁ!」  長く会話をし、ようやく、二人は、信長のもとへ訪れるのだった
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