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禁断の恋
もう後戻りなどできぬ。罪悪感に苛まれたのはほんの僅かな時間であった。寧ろ背徳感がよりその欲情を燃え上がらせたのです。
その日の晩は妻が同窓会に出かけ晩ご飯は妻の母、所謂義母とふたり。
昨年に義父を亡くした未亡人。とはいえ若くして妻を産んだ義母はまだ四十そこそこ。かく言うぼくらも、ぼくが二十八だが妻はまだ二十歳をすぎたばかりで妹か、娘を育てているような感じの結婚生活であった。
ぼくの収入の低さというか生活力のなさから当初から妻の実家に同居していた。しかし、わずか一年もせず義父は急死したものだから妻と義母との三人暮らしであった。
結婚前に初めて義母を見たときから、妻とは違ったその大人の美しさ、悪くいえば色気を感じていた。しかしそれは想像や妄想でほぼ済まされていた。
ほぼ、というのは完全に想像と妄想では済まされなかったのだ。
家人全てが留守のときなど普段は推し隠している私の性癖がむくむくと顔をのぞかせ、義母のよく履くハイヒールや洗濯前のストッキングを匂いひとりの行為に及んだことは数知れない。
実際に行動には移せずとも義母と関係を持ちたいと密かに望んでいた。
妻を愛していないわけではないのだが、特に義父の死後、義母のその美しさ、妖艶さにどんどん惹かれてしまったのである。
そして今、その美しく妖艶な義母がテーブルの向かいにいる。
「仁美は遅くなるみたいね。心配じゃない、初恋の人となんかあったら」
「それはないでしょう」
ぼくはしどろもどろの返答をし、食事の味もわからぬほど、あらぬ妄想に耽っていた。その妄想はどんどん広がるばかりであった。
「一郎さん、コーヒーとお紅茶どっちがいいかしら」
義母の声に我に返った。
「お義母さんはどちらを」
「私はお紅茶をいただこうかしら」
「じゃあぼくも紅茶を」
テーブルの皿などを手際よくまとめキッチンへ運ぶ義母の後ろ姿に見とれ、またあらぬ妄想で頭がいっぱいになった。
義母はじつにスリムで、それでいて胸や臀部というのは美しい曲線を携えていた。
やがて紅茶が運ばれ、義母はひと口ばかり飲むと席を立った。
「洗いものをしてしまわないと気が済まないの」
それだけ言って義母はキッチンで洗いものを始めた。ぼくはその背中を視姦せずにはおれなかった。
カチャカチャと皿などが軽く触れる音と水道の音。
細いその背中。腰のくびれ。丸くふくよかな臀部。膝丈のスカートからはすらりと伸びたベージュのストッキングの脚。
いつかぼくが陰茎をこすりつけたストッキングだろうか。
ぼくは気づくと静かにテーブルを離れ義母の後ろに立っていた。甘く上品な香水のような芳香。義母は全くぼくの気配を察したふうではなかった。
このまま後ろから抱きしめたい。やはりその衝動を抑えることができなかった。
そっと義母の背中から腕を回した。
突然のことに悲鳴にも似た声を少しあげ義母は洗いものの手を止めた。
「どうしたの、悪い冗談のよう」
「ごめんなさい、でも」
ぼくはなぜか謝り、やはりこれは良くないことなのだと義母の体に回した手を離そうとしたその瞬間、泡にまみれた義母の手がぼくのその手を引き戻したのだ。
ぼくはそのときもうどうなってもいいとさえ思えたのだ。
洗いものの途中の手の泡を拭うのも、もどかしく義母は自らぼくの手をひき彼女の寝室へと導かれ、そして体を重ね愛し合い、男女の関係になるという、とうとうその一線を超えてしまった。もう後戻りなどできぬ。しかしその反面、長い間、夢にみたこの瞬間を迎えたのだ。透き通るような白い肌がぼくの腕の中で艶めかしくくねり、まるで少女のような吐息混じりの声はいつまでも脳裏に焼き付き離れることはなかった。
「お願い、律子って呼んで」
義母の中で果てる間際に言った言葉であった。
それからぼくらは妻の目を盗んでは何度も愛し合った。
「私はあなただけの女」
律子は少しでもふたりきりになるとそう言って熱い口づけを交わし互いの体を愛撫した。
けっして男好きのするような下品な女ではなかったが、ずっと何か寂しかったのかもしれないと一郎は思った。体の関係だけでなくお互いに愛し合ってしまったのだ。最初こそ罪悪感があったがいずれ凧の糸が切れ大空のどこか遠くへ飛び去るように消えてしまった。
ある日キッチンでこちらに背をむけて洗いものか何かしていた律子は嘔吐した。
一郎も仁美も、どうしたのかと駆け寄るが一郎にも律子にも思い当たることがないわけがなかった。
律子はあれをつけるのを嫌った。あれを付けて抱かれるのはあまり愛を感じられないから嫌いだと言っていたのだ。そのため一郎も何も用心もせず今まで何度も何度も体を重ねてきたのだ。
「お母さん、まさかつわり」
仁美はまだ妊娠経験はなかったが子供を授かった友人などから話しをよく聞いていたのだ。
「まさか悪い冗談はやめて、ゆうべ少し飲みすぎただけよ」
とっさに律子はそう言って誤魔化そうとしたのだか仁美は疑っていた。父は亡くなった、外でいい人ができたのだろうか。いや、違う。女の勘は鋭い。それは同じ女である律子が知らぬはずがなかった。もう心が律子に奪われた一郎は仁美にはまるで素っ気なく夜の営みも全くなっていた。何より一郎の律子を見る目が、そして律子の一郎への接し方に仁美は違和感を既に感じていたのだ。
とにかくその場はどうにかやり過ごし仁美を出勤させ律子と一郎はふたりきりになった。リビングのソファーで一郎に肩を抱かれた律子は何度も一郎と唇を重ねた。
「できたんだと思う」
一郎は律子のつわりがあったそのときから少しずつ自分たちのしたことを後悔していた。
「病院へ」
「そのつもりよ」
言葉をそれだけ交わしこんな状況だのに仁美が出かけて間もない朝から互いに体を求めソファーで愛し合った。
「ふたりでどこかへ逃げないか」
「それはだめ仁美が」
そう言うとまた律子の方から唇を求め舌を絡めるような口づけをしていたそのときであった。
リビングのドアが勢いよく開きそこには涙で化粧が流れ落ちた仁美が仁王立ちで朝の穏やかな日差しを写し込む白く光る包丁を手にして言った。
堕ちろ
みんな堕ちろ
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