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*  よくよく考えてみれば、ユーシンの発言はおかしかった。製造されてすぐに俺の元へ来たのなら、あんなにもスムーズに世間に馴染めるはずがない。いきなり『浅草観光に行く』なんて言いだすわけがない……。  俺には「竜美(たつみ)」という幼馴染みの親友がいた。……18年前まで。実家に帰ってから母に経緯を説明され、俺は全てを思い出した。  竜美がいなくなったショックで今まで記憶が飛んでいたことは、両親も……もちろん自分自身でも気づいていなかった。  あの抱き枕は竜美の愛用品だった。竜美の家に泊まるたびに、二人でよく取り合いをしていたのを知っていた竜美の母が、葬儀のあとで俺に譲ってくれたのだが……たぶん俺は、その時すでに正気を失っていた。竜美が死んでから数日間のことは、記憶を取り戻した今でもぼんやりとしか思い出せない。  心にぽっかり穴が開いたようだ。……いや、きっとあれからずっと開いていた。あの頃のことを思い出せば思い出すほど、「ユーシン」は竜美が成長した姿であることに確信が持てる。  竜美が死ぬ前、俺はひどいことを言って竜美を傷つけた。それなのに俺は竜美のことを忘れ、再会してさらにもう一度傷つけた。 ……だからこの扉を開けない。あいつがすでにこの世から消えているとしても、俺はもうあいつを忘れることはできない。あの抱き枕を見たら、きっともう自分を保てない……。 「なんで死んだんだよッ……竜美……」  息が苦しくて、俺は自宅の扉の前にうずくまった。  あいつが死んだのも、こんな寒い夜だった。俺は何もできなかった。あいつに謝ることすら。後悔してもしきれない……。  きっと「ユーシン」は、俺の未練がつくり出した幻影だ。今まで忘れていたくせに最低だ……。
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