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 無事にというか当然ながらというか、竜美はT大医学部に合格した。「有言実行」を擬人化したような付喪神のあいつは、あれから本当に学校以外では俺と会わなかった。俺たちはここ数ヶ月、普通の教師と生徒として過ごしてきた。  そのせいで合格発表からの帰りの電車に揺られている今、竜美が隣に座っているという久々のこの距離感だけで、俺は落ち着かない。 「早く二人きりになりたいね? 弘」  耳元で囁く声がやけに甘い。……こいつの声は危険だ。子供の頃とはもう違う。 「大人しくしてないと家まで別行動にするぞ」  竜美は光の速さで姿勢を正した。思わず吹き出しそうになるのをなんとかこらえ、電車を降りる。 「ねぇ弘、行ってみたいところがあるんだけど」 「あぁ、メシだろ? あんまり高級な店じゃなければ好きなとこに連れてってやる。合格祝いだ」 「ほんと? やった」  うぅっ、眩しい……。  久々の笑顔が本気でやばい。なんか口から出そうになった。 「……で、何ここ?」 「やっぱ来たことないんだー? よかった。僕とが初めてだね。行こ?」  あぁ、ラブホね。 「なんだよ偉そうに。お前だってちょっと前まで抱き枕だったんだから童貞だろ」 「甘いよ」 「……え?」 「枕の神はいわば寝所の神……なめないで」  寝所の神……寝所の神……ジワる。 「お風呂ためてくるね」 「あぁ……うん」  今さら緊張とか……するに決まってる。だってあいつは完全にヤる気だ……。 「弘、一緒に入ろう?」 「えぇ……」 「僕がんばったよね?」 「……そうだな」  一緒に風呂に入るくらい、こいつの努力に比べたら何でもない。……とはいえ隣で服を脱いでいる竜美の方を見れない。衣擦れの音がやけに生々しく聞こえる。 「先入るね」 「えっ、待って。俺が先に入る」  きっと後から入る方が緊張するに違いない。 「弘、そんなに緊張しないで? 昔みたいに一緒に入るだけだから」 「……しっ、してないけど? 緊張とか」 「ならいいけど」  そうだよな。そもそも男同士だし、子供の頃はよく一緒に入ってたじゃないか。とにかく平常心を保とう。
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