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「なんだ……意外と広いね」 「……なんで残念そうなんだよ? 広い方がよくないか?」 「広いと密着できないじゃん」 「……」  確かに狭い方がよかったかもしれない。もちろん密着したいからではない。向かい合って浸かって余裕のあるこの距離感は、竜美の顔も体もしっかり視界に入ってきて、とても平常心でなんていられない。 「まぁこれも悪くないか。弘の顔も体もはっきり見えるし」  あぁ……この感覚懐かしい。竜美は昔から思ったことをすぐ口に出すから、意外と同じことを考えているんだと気づかされる。……まぁ今のは口に出してほしくなかったけど。 「大人になったね、弘」 「……そりゃもう29だしな」 「そんなにエロ可愛く成長しちゃうとは思わなかったよ。まぁ顔はもともと可愛かったけど」 「お前の目はおかしい」 「約束……覚えてるよね?」 「……うん」  俺のどこが『エロ可愛い』のかはさっぱりわからないが、いきなりこういう雰囲気を出せてしまうこいつはもはや存在からしてエロい。 「弘……好きだよ」 「……っ」  波立ったお湯がチャプンと鳴る。そっと柔らかく触れた唇は、すぐに離れていった。 「ベッドで待ってるから、そのまま裸で来て?」 「……ッ……」  耳元で囁かれてのぼせるほど熱くなった俺の頬をするりと撫で、竜美は浴室を出ていった。  何なんだあの余裕は。やっぱり付喪神でいる間に俺より歳上になったとしか思えない。……だいたい裸でベッドまで来いって何? 三十路手前の男に据え膳を演じろなんて、無茶ぶりにもほどがある。……でも……。 「よし」  鏡に向き合い、俺は自分の頬を叩いて気合いを入れた。あいつの努力に比べたら、裸のまま出ていくくらいは何でもない。  あいつの望みを一つでも多く叶えてやりたい。あいつのためなら何でもできる……。 「……あぁ……」  鏡に映った自分の頬を、ふいに涙が伝った。  きっとそばにいたら気づけなかった。「好き」がどんなものかも、自分がどれだけあいつを好きかも……。
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