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「ねぇヒロ、キスしていい?」 「……ちょっと待ってくれ。これはたぶん間違ってる」 「……え?」 「お前は俺とこんな風になるべきじゃない」 「……どうして? 僕のこと嫌い……?」  イケメンのショボン顔は攻撃力が凄まじい。息するの忘れてた。 「そうじゃなくて、お前が俺を好きっていうのは勘違いだと思う」 「……どうして?」 「……だってそもそもお前は俺だけのために作られたんだろ? それって初めから俺を好きになるしか選択肢がないっていうか……俺としか接点がなかったからそうなったとしか……」 「……ひどい」 「……え?」 「僕の気持ちを疑ってるんだね、ヒロは」  怒った顔も破壊力が半端じゃない。魂抜けるかと思った……。 「やっぱり僕を受け入れる気なんてなかったんだ……初めから」 「違う。そうじゃない」 「……いいよ。無理しないで。僕といるより普通に女性と結婚して家庭を築いた方がヒロにとっては幸せだって……僕もわかってる」 「……」 「支度して」 「え?」 「今から実家に行って、明日はお見合いに行って? まだ間に合うから」 「……でも……」 「僕は浅草観光でもしてくるよ。じゃあね」 「……は? おい……」 「……安心してよ。僕はただの抱き枕に戻るだけ。……でもヒロが他の誰かと結ばれるのを見るのは辛いから、縁談がまとまったら僕のことは捨てて」  は? 嫌だ。それは絶対に嫌だ……。 「待てよ。俺お前がいないと眠れないのに……」 「それはきっと『勘違い』だよ。長年そうだったから体にすり込まれてるだけ。新しい抱き枕にもすぐ慣れるから大丈夫」  なんで? なんでだ……?『お前じゃなきゃだめだ』って言いたいのに、声が出ない……。 『じゃあ元気でね、ヒロ』──そう言って俺だけの抱き枕は、主人である俺の元を勝手に去っていった。  ひとり残された俺は、生まれて初めて抱いた感情に打ちのめされ、悶々と眠れない夜を過ごした。
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