~・灼熱の花・~

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~・灼熱の花・~

「くそっ、殿さんが変わったって、俺ら何も変わんねえ!……ん?」 畑の中、ボヤくばかりで手が動かず、苛立たしげに腰を伸ばしたマルハナバチの稔(ジン)が何かに気づいた。 「源、すげえ別嬪さんじゃね?」 鍬を放り出し、隣の畑を耕す仲間の源(ゲン)の肩を抱き寄せ小さく指をさす。 眩しい御天道様の光が落ちる中、大きな傘をさし布状の抱っこ紐に赤子を抱いた女性が、汗ひとつかかず辺りを見渡している。 唐紅の着物の下部には、漆黒の燃え立つ炎の柄が描かれ、艶やかで確かに美しい人だとは思う。 だが、いくら戦が終わったといっても、世の中はまだまだ平和とは言いきれない、そんな時期のましてや田舎の道。 胸に赤子を抱き、こんなに明るく派手な着物を着た人が通るなどまずない。 「かぁ~、眼福」 うっとり惚けた顔の稔の横で、源はなんとも言えない雰囲気をその人に感じ、あまり凝視できずにいた。 「お忙しいところ申し訳ありません」 そんな2人に女性が気がつき傍へとやってくる。 「急いで海へと抜けたいのですが、この道でよろしいでしょうか?」 「海への近道はあの山を越えねえと。けど、ええ道じゃねえよ?」 稔が山の方へと顔を向ける。 「かまいません。行きたいのです」 「だ、だけど物騒……」 源も心配そうに声を出したが、 「よっしゃ、俺が案内してやるよ」 それを遮るように稔が源の胸を押し制止した。 「そんな、教えてくだされば……」 申し訳なさそうに稔に訊ねる。 「いいよいいよぉ」 手を叩き泥を落とし着物をはたくと、稔は嬉しそうに先へ歩いていく。 「おい、こっちは……」 「すぐ戻るって。そんじゃ行こうか」 にやけた顔で源に向かい顔の前に手を立て『わりぃ』と口を動かすと、稔は嬉しそうに歩き始めた。 「ったく、しょうがねえ。またサボる気だ。まあ、気晴らしくらいになるかな?」 呆れた声で苦笑いをし、源は再び畑を耕し出した。 しかし、いくら経っても稔は戻ってこない。 「今日は気が乗らねえようだったから、そのまんま帰っちまったか?」 出しっぱなしの鍬を農具入れへと入れ、『明日は来いよ』と声をかけると畑をあとにした。 数ヶ月後――― あの日以来、稔は家にも帰らず、海辺まで捜しに行ったが見かけたとも聞けず、今は稔の畑も源が必死で世話している。 「もうじき収穫だってのに……」
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