13人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
~・灼熱の花・~
「くそっ、殿さんが変わったって、俺ら何も変わんねえ!……ん?」
畑の中、ボヤくばかりで手が動かず、苛立たしげに腰を伸ばしたマルハナバチの稔(ジン)が何かに気づいた。
「源、すげえ別嬪さんじゃね?」
鍬を放り出し、隣の畑を耕す仲間の源(ゲン)の肩を抱き寄せ小さく指をさす。
眩しい御天道様の光が落ちる中、大きな傘をさし布状の抱っこ紐に赤子を抱いた女性が、汗ひとつかかず辺りを見渡している。
唐紅の着物の下部には、漆黒の燃え立つ炎の柄が描かれ、艶やかで確かに美しい人だとは思う。
だが、いくら戦が終わったといっても、世の中はまだまだ平和とは言いきれない、そんな時期のましてや田舎の道。
胸に赤子を抱き、こんなに明るく派手な着物を着た人が通るなどまずない。
「かぁ~、眼福」
うっとり惚けた顔の稔の横で、源はなんとも言えない雰囲気をその人に感じ、あまり凝視できずにいた。
「お忙しいところ申し訳ありません」
そんな2人に女性が気がつき傍へとやってくる。
「急いで海へと抜けたいのですが、この道でよろしいでしょうか?」
「海への近道はあの山を越えねえと。けど、ええ道じゃねえよ?」
稔が山の方へと顔を向ける。
「かまいません。行きたいのです」
「だ、だけど物騒……」
源も心配そうに声を出したが、
「よっしゃ、俺が案内してやるよ」
それを遮るように稔が源の胸を押し制止した。
「そんな、教えてくだされば……」
申し訳なさそうに稔に訊ねる。
「いいよいいよぉ」
手を叩き泥を落とし着物をはたくと、稔は嬉しそうに先へ歩いていく。
「おい、こっちは……」
「すぐ戻るって。そんじゃ行こうか」
にやけた顔で源に向かい顔の前に手を立て『わりぃ』と口を動かすと、稔は嬉しそうに歩き始めた。
「ったく、しょうがねえ。またサボる気だ。まあ、気晴らしくらいになるかな?」
呆れた声で苦笑いをし、源は再び畑を耕し出した。
しかし、いくら経っても稔は戻ってこない。
「今日は気が乗らねえようだったから、そのまんま帰っちまったか?」
出しっぱなしの鍬を農具入れへと入れ、『明日は来いよ』と声をかけると畑をあとにした。
数ヶ月後―――
あの日以来、稔は家にも帰らず、海辺まで捜しに行ったが見かけたとも聞けず、今は稔の畑も源が必死で世話している。
「もうじき収穫だってのに……」
最初のコメントを投稿しよう!