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第四話 *片思い*
いつからだろう?
思い返せば、1年前に初めて会ったあの日からかもしれない。彼女はとても魅力的な女性だった。
最近引越しをして来たと話していた。知り合いのお店がこの近くでオープンしたので、スタッフとして雇ってもらったとのことだった。
夜から朝にかけての仕事で大変だが、給料がよくて、高卒で、資格がなにも無くても働けるのは嬉しいとこぼしていた。
人当たりもよく、聞き上手で、話していてもこちらが楽しい。見た目も派手ではないがどこか華やかさがあった。
ひと月に一度は来店してくれた。いつの間にか彼女が来るのを待ちわびている自分がいた。
息子の悠輔とも気さくに話をしていて、彼女がいる生活は楽しそうだなぁと、勝手に色々と妄想を抱いてしまっていた。
彼女と会えなくなって五ヶ月経った今でも、彼女のことが頭から離れなかった。
「父さん?聞いてる?」
悠輔に話しかけられていることにしばらく気づかなかった。
「大丈夫?最近ますますボーッとしてるみたいだけど」
「え?マジか?やばいな俺」
「当ててみようか?」
「なんだよーおまえに何がわかるんだよー」
だが、悠輔は意外にも冷静に俺を観察していたらしい。
「朋美さんでしょ?」
「うっ、なんでわかるんだ?」
「わかりやすすぎて、疑うレベルだけどね、やっぱりね」
「いいんだ、もう、終わったんだ、、まだ始まってもいないが、、」
「ふーん、もういいんだ」
「どうしようもないだろー、来なくなっちまったんだから」
「なんで来なくなったか聞いたの?」
「聞こうとしたけど、途中で電話切られた」
「かけ直さなかったの?」
「え?」
「番号わかるでしょ?履歴残ってるから」
「そうだけどっ」
「そうだけど?」
「おいおい、なんだよー」
「俺が代わりにかけようか?」
「なんでだよ!」
「俺、朋美さんと普通に話せるし」
「いやいや、何を話すんだよ」
「え?最近来ないですね?どうしたんですか?って」
「来ない理由がわかるのも辛いな」
「このままでいいなら別にいいけど」
「おまえって、優しいのか意地が悪いのか、どっちなんだよ」
「俺は父さんの味方だよ」
「悠輔、、おまえ、なんて良い奴なんだ!」
「じゃ、今からかけてみるね」
「ちょーーっと待ったー!!わかった、わかった!俺がかけるから、やめてくれ」
「俺さ、、、朋美さんとなら一緒に暮らしてもいいかなって思ってるよ、あ、もちろんすみれさんもね」
「ん?すみれちゃんと連絡とってんの?」
「いや?朝の電車で一緒にはなるけどね」
「ふーん、悠輔、おまえ、すみれちゃんの事好きじゃないのか?」
「好き?とは?」
「あー、おまえはサッカーと勉強にしか興味なかったな、すまん」
「好きじゃないと一緒に暮らしたいとは言わないと思うけど」
「そりゃそうですな」
「番号押そうか?」
「俺のペースでかけさせてくれ!」
勇気をだして、履歴からリダイアルしてみたが、留守電にすらならなかった。
俺のハートが砕け散る音が数キロメートル四方に響いたに違いない。
久しぶりに誰かを想って泣いた。
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第五話
沈黙
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