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第六話 *別れ*
その年のバレンタインは本命チョコ一つだった。
「手作りがんばってみたよ」
「奈緒が作ったの?これを??」
丁寧にラッピングされた包みをまじまじと見て
「へぇぇえ、奈緒からチョコが貰える日がくるとはねぇ、しかも手作りってか」
「私も生まれて初めて手作りチョコを作ったわ」
「開けていい?」
「開けなきゃ食べられないよ?」
「知ってる、今開けてもいいかってこと」
「えー、はずかしいなー」
「なにそれ?」
「一応照れてみたよ」
「棒読み通りすぎてボカロもびっくりだわ」
リボンを解き、ラッピングされた紙を破いていく。
「あっ」
「なに?」
「なんか自分が身ぐるみ剥がされていくみたいで」
「開けにくいわ!」
「私に構わずどうぞどうぞ」
「チョコでこんなに緊張すんの初めてだわ」
「焦らさないで!」
「その表現やめろや」
やっと取り出した箱の蓋を開けると、ハート型のチョコレートの上に何やら歪な文字の様なものが書かれてあった。
「いきなりナゾナゾとは、やるな、奈緒」
「やっぱ読めないよねー」
「いや、なんとかここは勘を働かせてだな」
「よっ!名探偵!」
「ん?女?って文字かな?これ」
「まぁ、間違ってはないかな」
「女、、?3、??お!右端のは多分カタカナのキ、だな」
「おんな、さん、き?」
「本当になぞなぞみたいになっちゃった」
「食べていい?」
「謎は謎のままでいいの?」
「食べてから考える」
「ほう」
「いただきます」
「ん!うまい!」
「そりゃあ、元々がチョコレートだもの」
「奈緒の愛を感じるよ」
「え?」
「好きって書いてた?」
「読めたの?」
「読む前からわかってたけど」
「そうなんだ、ありがとう」
「いつから?」
「うーーん、幽霊に美人が多いって言ってくれたときくらいから?」
幼なじみが恋人に変わった瞬間だった。
俺は美容師の道へ進み、奈緒は図書館司書になるため資格をとった。
そして俺たちは恋人から夫婦となった。
悠輔を身ごもったあとで、奈緒の心臓に大きな欠陥があるのがわかった。
医者は五分五分だと言った。
今なら堕胎は可能だと説明を受けたが、奈緒はどうしても産みたいと、ご両親の反対を押し切った。
俺はどうしていいか正直わからなかったが、産まずに生き延びたとしても、彼女が幸せでいられるのか、とか、できれば奈緒と長く一緒にいたいけど、とか、でも奈緒の気持ちも尊重したい、と色んな葛藤があった。
そこは、二人でとことん話し合った。
幸い、産まれてくる子を育てられる環境は整えられそうだった。まだ二人の両親も健在で、経済的にも余裕があった。
奈緒とできるだけ一緒に過ごし、たくさん話をした。
「暁くん、ありがとう」
「なに?」
「ちゃんと伝えておきたくて」
「こちらこそありがとう、奈緒」
「暁くん、、、、愛してる、、」
「うん、、、俺も、、」
「もし、私がいなくなってしまっても」
「いなくならないよ」
「もしも、だよ、もし、そうなっても、暁くんは、暁くんの幸せをちゃんと掴んでね」
「俺のことはいいから」
「ねぇ、髪を切って欲しいな」
「うん、、」
これが奈緒の髪を切る最後となった。
彼女はヘアドネーションという、小児がんや先天性の疾患、不慮の事故などで毛髪を失った人達のために、しばしば自分の髪を提供していた。
小児病棟に入院していたときに、ヘアドネーションというものを知ったそうだ。
悠輔が元気な産声をあげた。
奈緒は今までで一番綺麗な笑顔で悠輔を胸に抱いて俺にまたありがとうと言った。
「奈緒、、、愛してるよ、、、」
奈緒の髪を撫で、額にキスをした。
奈緒が旅立ってしまった日、俺は初めて、人を想って涙が枯れるんじゃないかってほど泣き明かした。
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第七話
恋の予感
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