第七話 *恋の予感*

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第七話 *恋の予感*

「お母さん、ヘアドネーションって知ってる?」 すみれの髪が肩甲骨辺りまで伸びたので切ろうと思ったら、同級生にそのようなシステムがあるからやってみれば?と勧められたという。 「あぁ、無償でウイッグを提供するやつね」 「そうそう、それ!」 「たしか、ママが行ってた美容師さんも、そういうのやってるって言ってたわ」 「どこの美容室?」 「成瀬さんのところよ、ほら、こないだすみれを助けてくれた悠輔くんのお父さんのところ」 「え!そうなんだ!行ってみようかな?」 「予約してみる?」 「自分でするから、電話番号教えて」 「会員カード、これよ」 すみれは早速予約の電話を入れていた。 最近すみれは変わった。昔は大人しい子で、人見知りだったし、友達もいるのかいないのかよくわからなかった。最近は明るくなって、友達も増えたようだった。嫌なことがあっても、立ち直るのが早くなっていた。嬉しいことだ。 すみれの父は代々裕福な家系で何不自由なく育ち、どこか世間知らずだった。末っ子ということもあり、自由奔放な性格だった。歳は朋美よりもひと回り上だったが、実年齢より若く見えた。 朋美が高校生の頃、カラオケボックスでバイトをしていた時だった。 「ねぇ、キミ、僕はここに行きたいんだけど、案内してくれない?」 ドリンクバーを取りに一人で部屋から出て迷子になったらしい。 ドリンクバーのグラスを指さして案内しろと話しかけてきた。 「ドリンクバーですね?ご案内いたします」 「キミ、名前なんて言うの?」 「白石と申します」 「下の名前は?」 「え、、」 断り方が分からず 「朋美です」 「朋美ちゃんっていうんだ、可愛いね、僕は道明寺 紗生(さき)だよ、よろしくね」 何をよろしくなのかわからなかったが、これが彼との最初の出会いだった。 「キミ、彼氏いるの?」 「います」 本当はいないけど、反射的に答えてしまった。 「だよね、可愛いもん」 「こちらです」 ドリンクバーにたどり着いたので念の為使い方をひと通り伝えると 「ありがとう朋美ちゃん、またね」 と、手を振っている彼を背にフロントに戻った。 それからほぼ毎日、彼はバイト先のカラオケボックスにやってきた。 「朋美ちゃんも、一緒に歌おうよー」 今回はドリンクバーではなく、グラスワインをオーダーしてきた。 「いえ、仕事中ですので」 「ちょっとぐらいバレないって」 「紗生〜またナンパしてるのー?」 同じ部屋にいた女性がケラケラと笑う。 「グラスワイン、こちらに置いておきますね、ごゆっくり」 そんなようなことが、しばらく続いた。 ある日バイトを終えて着替えて外に出ると、彼が一人で立っていた。 「朋美ちゃ〜ん!バイトお疲れ!ドライブに行こうよ」 スポーツカーのような背の低い車の助手席のドアを開け始めた。 「行きません」 「なんで?」 「行きたくないからです」 「どうして?」 「い、か、の、お、す、し、だからです」 「いかのおすし??なにそれ?」 「いかない、のらない、おおごえをだす、すぐにげる、しらせる、です」 「へぇー」 「知らない人に着いてっちゃダメって小学生でも知ってますよ」 「僕は知らない人じゃないでしょ」 「得体の知れない人ですよ」 「朋美ちゃんって面白いよね、可愛のに」 「とにかく、乗りません!」 「じゃぁ、歩こうか」 「歩きません!」 「えー、じゃあ走るの?」 「そうじゃなくて、一人で帰るので、ほっといてください」 「なんでそんなに僕のこと嫌うの?」 と言いながら、着いてくる。 「嫌いとかそういうのではなくて、得体がしれないからです」 「得体を知るには話さないとわからないでしょ」 「とくに知りたくありません」 「朋美ちゃん、彼氏いるのって嘘でしょ?」 「なっ!」 「やっぱりそうだ」 「いてもいなくても、あなたに関係ありません」 「まぁ、いてもいなくても僕は朋美ちゃんのこと好きになっちゃったんだよな〜」 「は?酔っ払ってるんですか?」 「飲んでないよ、車運転してきたし」 「なんで私なんですか?」 「さあ?僕にもわからないけど、毎日朋美ちゃんのこと考えちゃうんだよね」 「でもドライブは無理です」 「何ならいいの?」 「ランチくらいならご一緒できます」 帰路に着くまで結局ずっと着いてきた。 「朋美ちゃんの家ここなんだ」 「ストーカーとかしたら通報しますからね」 「朋美ちゃんとランチに行けるの楽しみだな、いつにする?」 「ほんとに行くんですか?」 「もちろん、あ、僕の連絡先教えておくね」 名刺を手渡された。 名刺には代表取締役、と書かれていた。 NEXT 第八話 初デート
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