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 パソコンを見ていた孝夫が戻ってきてソファに座った。  ネット通販では通常より安めの価格設定にする業者がいる。もし、高いと言うなら四点で五十万円でもよい。これらの版画の仕入れ価格はタダみたいなものだから、価格を下げるのは織り込み済みだ。  それとも、さらに購買意欲をそそるため、下着まで見せてあげようか。  奈々未が頃合いを計っていると、 「お友達は」と孝夫が思いがけないセリフを口にした。「彼女も、その金額で良いと言っているのですか」 「はあ」 「昨日、いえ、一昨日だったかな、あなたぐらいの若い女性がお見えになって、ラッセンとブラジリエをお探しだったもので、もしかしたら、お知り合いではないかと」  ギクッとしたが、奈々未はとぼけて白を切る。 「何のことでしょうか、ただの偶然、人気の画家ですもの。欲しい人は幾らもいるんじゃないの」 「さきほど二階の部屋で片付けものをしていましてね、ふと、窓の外を見ると、うちの駐車場に車が入った。そこから女性が二人降りて版画を運び出してました。その内の一人の方には見覚えがありました。二日前に会ったばかりでしたからね」  奈々未は軽く舌打ちした。アパートの駐車場に車を停めて愛理と二人でいるところを見られていたのだ。店内に入ったとき、「あと二つ」と言ったのに違和感を覚えたのは、そのためだった。 「店を始めるときに先輩の画材店から、こういう手口があると教わったんです。でも、まさか、僕の所へ来るとは思っていませんでした」  詐欺の計画を見破られてしまった。 「あーあ、バレたんだ、残念」  スカートの裾を引っ張った。太ももを露出して損した。  こうなったからには長居は無用だ。奈々未はソファから立ち上がって版画を仕舞いに行った。 「警察には電話しないでよ、まだ、詐欺にはなってないんだから」 「呼びません・・・」  そんなのは当てにならない。面倒なことになる前に早いとこ退散しなければならなくなった。 「四つも持って帰るなんて、重くて面倒なんだよね」  演技する必要がなくなったので、馴れ馴れしい口調になった。  奈々未が版画を持ち上げたところで、店主の吉井孝夫が言った。 「せっかくお持ちになったのだから、その版画、こちらで引き取りましょう」  額縁に掛けた手を止め、奈々未は彼の方を振り返った。右の肩越しに彼を見て、しばらくその姿勢を保つ。  聞き間違いでなければ版画を買うと言ったのだ。それも、騙されていると承知の上である。  奈々未は立ったまま、「マジですか」と確かめた。詐欺は失敗だったと諦めかけたが、どうやら形勢が変わってきたようだ。しかも、二人の位置関係は奈々未が立って彼を見下ろしている格好だ。こちらが優位である。一転して再び強気になった。 「じゃあ、買ってよ。ちゃんとした品物だから六十万はまけないわよ」  詐欺まがいと知りつつ買い取っても、版画をお客に販売できれば店側としてはそれでよいのである。この一件とは別に商談があって、すぐに売れるという見込みでもあるのだろうか。 「これが売れたら、あなたは私に感謝するわ、きっと」  吉井孝夫はお金を取ってきますと言って隣の部屋へ入っていった。  強気に押して正解だった。奈々未はザクロの女性のポスターに背を向けて、『うまくいった』と愛理に連絡した。  思わぬ展開に拍子抜けがしてしまった。  けれども今度は別の不安が過った。詐欺と承知でお金を払うということは、何か魂胆があるに違いない。男が考えることはたった一つ、見返りに身体を要求してくるのだ。条件次第ではパパ活と割り切ってもいい。だが、無理矢理に押し倒してきたならば、こっちから警察を呼んでやる。 「この人に乱暴されました」「この女は詐欺師です」  どっちの刑が重いんだろう。
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