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広い座敷に通されると、部屋を囲んでロの字型にお膳が用意されている。
「末席以外は自由席ですので、どうぞお好きな席にお座りください」
促されて適当に席に着くと、隣に係長、その隣に愛知県の職員が座った。
会議後に懇親会に参加しているのは全体の3分の2程度だろうか。
乾杯の挨拶が終わるとそれぞれに雑談が始まり、係長は和やかに会話を楽しんでいた。
俺は逆隣に座っていた浜松市の職員に声をかけられ、取り止めもない世間話でその場を取り繕った。
会も中盤に入ると席を移動する者が増えてくる。
いつの間にか俺の上司も席を立っていることに気が付いた。
周囲を見渡すと、座敷に面した廊下の向こうで事務局の腕章を付けた男が煙草を吸いながら係長と立ち話をしている。
その雰囲気がどことなく険悪で、俺はトイレに行くふりをして二人の様子を窺った。
意識を集中すると、ぼそぼそと交わす会話の断片が聞こえてくる。
「お前が係長なんて……ったことするなぁ。一緒に来てる部下も……ちゃうの? 相変わらず──」
「葉山、飲み過ぎだ。もうやめとけ」
「お前みたいな奴がなんで係長なれんねん。ああ、あれか。上司に……」
肝心なところで声を落としているのか、男の話が拾えない。
係長が曇った表情をしてこちらへ足を向けた。
そして俺と目が合った。
瞬時にその端正な面立ちに緊張が走るのがわかった。
「湯浅!」
硬直するその背中に再び男が声をかける。
「そう嫌そうな顔すんなや、久しぶりの再会やろ。ん? お前の部下か?」
「橘です」
「俺は葉山や。湯浅の幼馴染みやねん」
なぜか嘲笑うようにして話しかける男の態度に、俺は無表情のまま見つめ返した。
俺の方が上背があるため、必然的に見下ろす形になる。
相手はそれが面白くなかったのか、唇を歪めて目を細めた。
「湯浅の部下なら、せいぜい気ぃつけや」
「どういう意味ですか」
聞き返した俺の言葉を、係長が遮った。
「葉山、個人的に言いたいことがあるならどこか別の場所で……」
その時、事務局の一人が瓶ビールを持ったままこちらへやってきた。
名札には計画係課長補佐と書かれてある。
「何騒いでんねん葉山、横浜市さんに失礼なこと言うてんちゃうやろな?」
「またそんなん言うて、俺を問題児扱いせんといてくださいよ」
上司に制されると、男はとりなすように作り笑いを浮かべた。
不快感を露わにする俺を一瞥したその上司は、男をその場から外させると俺たちに頭を下げた。
「あいつ酒癖が悪いんです。失礼なこと言うて気分を害されてらしたらすみません」
「いえ……個人的な発言ですし、おかまいなく」
首を振って微笑を浮かべてはいるが、男がその場を去ると、静かに息を吐くのが分かった。
その横顔には緊張感が漂っている。
会がおひらきになると、俺は一目散に葉山の背中を追いかけていた。
このままでは終われない。
俺の中の何かが、怒りの感情となって身体を突き動かしていた。
店の前で客の見送りをしている奴の姿を認めると、勢いよくその肩を掴んで振り向かせた。
相手は突然のことに呆然としながら目を見張っている。
「さっきの件、うちの係長に謝ってもらえますか」
「はぁ? 突然何の話や」
「昔の知り合いか知りませんけど、こっちは仕事で来てるんです。それなりの態度ってもんがあるでしょ」
その場を通り過ぎる他の自治体職員が、好奇の目で俺たちを見ている。
「お前に関係ないやろ。あいつがどんな奴か知りもせんくせに……横浜では大層ご立派な係長か知らんけど、俺からしたらただの男好きの変態や。学校でも問題起こして、実家も京都の有名な小料理屋やゆうのにあんな跡取り抱えて、先も見えへんて親も苦労してるわ。そんなんが上司とかお前もほんま不憫やな」
「橘ッ……!!」
背後で緊迫感を帯びた声が聞こえた。
店から係長が飛び出してきて俺の腕を強く掴む。
「何やってんだお前……!! もう帰るぞ!!」
その切迫した表情が言った。
『もうこれ以上、事を荒立てないでほしい──』
そんな視線に二の句が継げずにいると、男は捨て台詞を吐いて店内へと戻っていった。
「あほらし」
心臓が飛び出すように高鳴っている。
係長を馬鹿にされた悔しさと衝撃と、さっき飲んだアルコールのせいだ。
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