第7話 怒号

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第7話 怒号

「今日も長引いてるな」  藤井さんがパソコンの画面を見ながら独り言のように呟く。 「また課長に嫌味言われてるんじゃないですか?」  塚田さんがデスク周りの書類を整理しながら即答する。  毎週木曜日の午前中は補職者会といって、課内の係長級以上が各係の事業の進捗状況や課題などを共有する。  共有して助言がもらえればいいが、主には進捗確認の場であり、工程どおり物事が進まなくなってくると課長からの叱咤激励が飛ぶ。  月に一度、月末の木曜日は特にひどい。  翌月曜日の部長ヒアリングでは課長が叱責される立場にあるからだ。  南部担当の課題は、小笹川の用地買収と御陵川の農業用水補償が難航していることにある。  夏以降、度々課長の叱責する声が執務室内に響き渡るようになっていた。  怒声を浴びせるのならせめて会議室でやればいいのに、わざわざパーテーション一つで区切られた打ち合わせスペースで他の職員への見せしめのように怒鳴る課長が嫌いだった。  そんな中でも、御陵川は相手の意向を踏まえつつ検討を重ね、何とかこちらが提案した共有井戸にする方向で兆しが見えてきていた。  何度も何度も農家組合長の元へ足を運び、辛辣な言葉を浴びせられても前向きな姿勢を崩さず、係長が地道に信頼関係を構築してきたからこその成果だった。  俺は、交渉相手の言葉に苛立ちを隠すのが精一杯で、記録をとるためにノートを睨みつけていただけだ。  係長の仕事ぶりを側で見ていると、その冷静な判断力と交渉能力に圧倒的な力量の差を感じずにはいられない。  俺からすれば優秀な上司でも、課長からすれば出来ない部下なんだろうか──。  違う。成果を求められても相手がいる話だ。  こちらの思うようには進まない仕事だと、課長なら当然分かっているはずだ。  自分の評価を上げるために係長を、間接的な形で俺たちを責めるのは本当にやめてほしい。
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