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「やっぱり腫れてきましたね」
グラスにビールを注ぎながら、絆創膏では隠しきれないほど赤黒く腫れた殴り傷を見つめた。
その日は木曜日だったが、酒でも飲まなきゃやってられないとその場にいた藤井さんと俺が飲みに付き合わされていた。
カウンターに係長を挟む形で、左手に俺、右手に藤井さんが座る。
「また派手にやられましたね。痛そ〜」
「痛いに決まってるだろくっそー……まさか殴られると思ってなかったからもろにくらった……」
「俺、職員で殴られてる人初めて見ましたよ」
「俺もだよ」
その会話に思わず吹き出すと、係長もつられて表情を緩めた。
瓶ビールが空になっているのに気付き、上司の意向を汲んで麦焼酎の水割りを注文する。
「相川さんも初めての工事でついてないなぁ。いきなり乗り込んでこられて怒声を浴びせられた挙句、上司を目の前で殴られたら俺、工事嫌んなるかも」
「確かに可哀想なことしたな。泣きそうな顔してたし……」
「そもそも一発目の職場から事業課って新採の女の子にはキツいんじゃないかなぁ」
2人の会話を聞きながら、右も左も分からない状態でいきなり河川事業を担当させられた相川さんに同情心が芽生えた。
「橘は新採で管理課だったよな。何の担当だったんだ?」
係長が刺身をつつきながらこちらに顔を向けている。
「特殊車両の通行許可を担当してました」
「特車か。恵まれてんな」
「係長と藤井さんは新採の時どこにいたんですか?」
「俺、土木事務所〜。工事担当だったけどあったかい雰囲気で楽しかったなあ。仲良い先輩と毎日のように飲み歩いてたよ」
藤井さんが懐かしそうに微笑む。
「土木いいよな。2個目職場が土木だったから気持ち分かる。俺は新採んとき道路調査課の道路台帳担当だった。やっぱ管理畑はいいよな〜。俺も早く事業課から足洗いたい」
「係長みたいに仕事できる人は当面事業課回りですよ。ちなみに今日も課長に絞られてたんですか?」
「まあな、もう慣れっこだけど」
小さく息を吐きながら焼酎を飲む背中に哀愁が漂っている。
「絵に描いたように中間管理職の悲哀が滲み出てますね」
「お褒めの言葉ありがとう。俺も3年目にしてようやく係長が板についてきたってことかな」
「ご愁傷様です」
「俺ら課長の餌食にだけはなりたくないしな」
「ですね。いつも盾になってもらってほんと助かってます」
両隣から好き放題言われて白目を剥く係長に、俺と藤井さんは労いを込めてその肩を叩いた。
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