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「では、橘君と相川さんの歓迎会を始めたいと思います。乾杯!」
「かんぱーい!」
その日の晩、職場から程近くにある桜木町駅前の居酒屋で俺たちの歓迎会が開かれた。
長方形のテーブルに3人ずつ対面する形で、俺の両サイドには係長と藤井さんが、対面には相川さんを挟んで塚田さんと、男性職員の秋山さんが座している。
「それにしてもあれですよね。同じ係に女の人が2人もいるなんて珍しいスよね」
俺たちの所属する課は、事務担当と用地担当を除き全員が土木職で成り立っているため、圧倒的な男性職場だ。
女性職員は事務職を含めても数えるほどしかいない。
塚田さんは、そんな話題には興味がないのか、黙々と前菜を食べ進めていた。
気の強そうな印象を受けるが、係長や藤井さんたちと話す時のくだけた表情を見る限り、明るくてさばさばとした快活な女性らしい。
その彼女と目が合うと、俺を見て思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、橘君て何才?」
「今年で27才です」
「あ、じゃあ俺と同い年」
秋山さんが挙手をする。
「うちの係、何気にみんな若くないスか?」
「確かに。係長と藤井さんが今年32でしょ? 秋山君と橘君が27で、相川さんが23。平均年齡若いよね〜。ちなみに橘君と相川さんは彼氏とか彼女っているの??」
塚田さんが爽やかな笑顔でズバズバと切り込んでくる。
年の功なのか遠慮がない。
「俺は今は……」
「私は、今付き合ってる人がいるんですけど、大学の同級生でそのまま院にいったんで、まだ学生なんです。ちなみに皆さんはもうご結婚なさってるんですか?」
「既婚者は塚田さんだけだよ」
藤井さんがそう言いながら俺の肩に腕を回した。
「橘、誰かいい人紹介してくれよ」
「あれ? 藤井さん、結婚間近の彼女いるって言ってませんでしたっけ?」
秋山さんがわざと声を大にして言うと、瞬く間に女性陣からブーイングをもらっていた。
「今日はありがとうございました。皆さん優しくて楽しかったです!」
アルコールでほんのりと蒸気した顔を緩ませて、相川さんが係長に笑顔を向けた。
「こちらこそ今日はありがとう。馴染んでもらえて良かったよ」
歓迎会の帰り道、俺はたまたま同じ通勤経路だった2人と終電間際の地下鉄に乗りこんだ。
空席の青いベンチシートに上司を挟んで横並びに座る。
ものの数秒もしないうちに、周囲のベンチは他の乗客で全て埋まってしまった。
「湯浅係長って、凄く若く見えますよね!」
彼女は酒の勢いもあってか高揚した声で言った。
「それは……素直に喜んでいいのかな」
「勿論です! 少なくとも私のイメージしてた30代とは全然違いました!」
「相川さんの言う30代って逆にどんなイメージ?」
苦笑する係長に、俺は素朴な質問をした。
「湯浅係長は、係長になられて何年めになるんですか?」
「俺? 3年目だけど……」
「──てことは、30歳で昇進されたんですか」
横浜市の場合、最も早い人では29歳で係長に昇任すると聞いたことがあるが、なかなかお目にかかれるものではない。
多くの場合、30代半ばで係長試験に合格するのが常だ。
「優秀なんですね」
煽てるつもりはなかったが、彼は困ったように眉尻を下げて首を振った。
「いや、たまたま運が良かっただけ」
側で見ると、色素の薄い、淡い瞳の色をしている。
蛍光灯の光に照らし出されたその薄茶色のガラス玉を見つめていると、電車は上大岡駅に到着した。
「あ、じゃあ俺はここで。明日から改めてよろしくな」
「あ、私もここで!」
相川さんが後を追うようにして立ち上がる。
2人の背中を見つめながら、俺は明日の仕事のスケジュールを思い出していた。
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