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目が覚めると朝だった。体の節々が痛い。
寝返りをうつと、ソファで橘が毛布に包まって眠っているのが見える。
頭を悩ませていると頭痛がした。
起き上がろうとすると再び倦怠感が蘇る。
しばらくして俺の気配に気が付いたのか、奴は大きく伸びをしてこちらを振り返った。
「おはようございます。眠れました?」
「悪い……昨日のことあんま覚えてないんだけど、お前の家だよな? ここ」
「そうです。電車の中で気絶された時にはどうしようかと思いましたよ」
思い出そうとするが、乗車して座席に座った時点から記憶があやふやになっている。
「……迷惑かけて悪かった」
頭を下げて腕時計を確認すると、既に8時を回っている。
「今日が土曜で良かったですね。飯食えますか?」
状況がうまく飲み込めないままゆっくり首を横に動かすと、奴は当たり前のように俺の額に手を当ててきた。
「まだ熱がありますね。じゃあ粥でも作ります」
今日は土曜日か──。
仕事で張り詰めていた気持ちが軽くなる。
橘はそんな俺の表情に気付いて微笑すると、窓を開けて冷たい空気を吸い込んだ。
「朝飯出来るまでもう少し寝てていいですよ」
キッチンに向かって徐ろに腰にエプロンを結ぶその姿に、意外な一面を感じる。
やがてトントンと規則正しい包丁の音がし、その耳心地の良さに体調不良で沈んでいた気持ちが上向くのを感じた。
「係長、ごはん出来ましたけど食べれますか?」
低い声に意識が甦る。
また眠っていたようだった。
重い体を起こしてテーブルに目をやると、粥に漬物、野菜スープに温野菜が並んでいる。
「食べれるものだけ食べてください」
「すごいな橘、ちょっと感動……」
「そんな大したもの作ってませんよ」
いただきますと手を合わせると、俺はゆっくりと粥を口に含んだ。
子供の頃に食べて以来だ。
懐かしい味がする。
野菜の和風スープも薄めで優しい味付けだ。
玉ねぎが蕩けそうなくらいよく煮込まれている。
もしかして、俺が食べやすいように調理してくれたんだろうか。
「美味しい……」
心の込もった料理に気持ちが和む。
橘は俺の反応を見て安心したように表情を緩めた。
「普段のごはんは、いつもどうしてるんですか?」
「俺? いつもコンビニとか外食とか……」
「体に悪いですよ」
耳が痛い。
だが残業帰りに家で自炊する気にはなれない。
「迷惑でなければ晩飯くらい余分に作りますけど」
その言葉に思わず顔を上げた。
「お前って、ほんっといい奴だな……」
熱のせいもあってか、人の優しさが身に染みる。
彼は少しの間逡巡した後、こう切り出した。
「じゃあ、例えばノー残業デーの水曜日に、係長が定時で帰れた時だけ俺が飯つくるっていうのはどうですか」
「ん〜……有難いけど、ちゃんと帰れる日があるかどうか……」
「理由がないと帰れないでしょ」
その言葉にぐっときて、言葉が喉で詰まってしまった。
こいつ、物言いは淡白だがいつも核心を突くようなことを言ってくる。
「係長って、そもそも付き合ってる人とかいないんですか?」
「いや、いないけど……なんで?」
「いるんだったら、ちゃんと支えてもらったらいいのにと思っただけです」
「そりゃどうも。そっちはどうなんだよ? 前に彼女いないって言ってたけど、好きな人とかもいないのか?」
すると当たり前だろとでも言わんばかりに真顔で即答した。
「いますよ、一応」
「そうか。まぁお前は愛想さえよければ普通にモテそうだしな。前向きに頑張れよ」
笑って励ますと、それが余計なお世話だったのか、橘はまたいつもの仏頂面に戻って飯を口に含んだ。
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