第18話 理想の上司

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 発令日の前日、何も無くなったデスクの前でメールのバックアップをとっていると、相川さんが声をかけてきた。 「係長、短い間でしたがお世話になりました。これ、よかったら貰って下さい」  袋の中にはラッピングされたお菓子が入っている。 「ブラウニーです。バレンタインの時、美味しかったって褒めて下さったから」 「え、いいの? ありがとう……あ、もしかして俺のために作ってくれた?」  冗談混じりに質問すると、彼女は見る間に赤くなり、俯いて答えに困っているようだった。  やばい。自意識過剰な奴だと思われた……。  互いに固まっていると課長に呼ばれた。  異動者の挨拶だ。  河川事業課を去る職員が、課長の隣に横並びに立つ。 「今回の人事異動で4名の職員が新たな職場に異動されることになりました。また新しい環境でもその力を存分に発揮してもらえたらと思います。では最後に一言ずつ」  そう促され、いきなりコメントを求められた。  なんやかんやと忙しくて、挨拶のことまで考えていなかった。  頭の中をフル回転させながら顔を上げる。 「河川事業課では3年間お世話になりました。係長に昇進して初めての職場でしたが、課長や係員の皆さんに支えられながら育てていただきました。この経験を次の職場でも生かしていけたらと思います。本当に有難うございました」  当たり障りのない言葉を述べながら、南部担当の職員に目をやった。  塚田さんが見守るように優しく微笑みかけてくれている。  相川さんは涙ぐんでいた。  秋山は挨拶の途中でかかってきた電話の応対中だ。  最後に橘と目が合った。  いつもの無愛想だが、口パクで何か言っている。 『おつかれさま』  思わず口元が緩んだ。 『ありがと』  今度は奴の表情が緩む番だった。  河川事業課最後の一年は、俺にとって節目の年だった。  一人で問題を抱え込み、身を削って心をすり減らしていたが、幸いにも部下に恵まれた。  橘がいてくれて良かった。  奴の勢いに押し切られ、とりあえず付き合うことになってしまったが、あいつが側にいてくれなかったら、俺は今頃潰れていた。  感謝してもしきれない。  今日の晩飯くらいは俺が作るか──。  さて、何食べよう。  奴の好物を思い出しながら献立を考えていると、明日から始まる新年度への不安と緊張も、少し和らぐような気がした。    了
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