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「係長、ありがとうございます」
さっきまで緊張で強張っていた秋山の顔に安堵の色が窺えた。
「地元対応は1人でしなくていいからな。言った言わないの話になるし、必ず複数で対応しよう。俺がいない時は副担当の橘連れていけばいいから」
職場へ戻ると、塚田さんと藤井が笑いながら俺を見つめている。
「二人して何?」
「さっき地元の西山さんって方からお電話がありまして」
「ああ、今対応してきたんだけど、 何か言ってた?」
「聞き忘れたことがあるから、係長の携帯番号を教えてほしいって」
「それで?」
「もちろん教えませんでしたけどね。けど、異様にしつこかったんですよ。『携帯番号くらいなによ! 教えてくれたっていいじゃないの!』って」
そこまで言うと藤井が俺の肩に腕を回してきた。
「係長、おばさまをキラーしちゃったみたい」
「しちゃってない」
「男前も大変ですね」
塚田さんも面白がって頷いている。
「みてろよお前等」
机に貼ってあったメモ書きを手に取ると、その場で西山さんに電話した。
「あ、河川事業課の湯浅と申します。先程はありがとうございました」
「湯浅さん、先ほどはどうも。あの、言い忘れてたことがあるんだけど、この工事、まだ先が長いじゃない。業者の方を信用したわけではないし、土曜日も工事されるとお聞きしたから、何かあった時のために緊急連絡先を教えていただきたいの」
「緊急連絡先ですか……」
隣で2人が声を潜めて笑い合っている。
「そうよ。だって貴方、お役所がお休みの時に私たちどうしたらいいの? 何かあっても連絡するところがないじゃないの」
「そうですね。平日でしたら勿論こちらで対応させていただきますが、閉庁日の場合には現場代理人に直接ご連絡いただければと。緊急を要する場合には我々にも業者を通じて連絡が──」
「貴方、業者任せにして責任感というものがないのね」
「いえ、そういうことでは決して──」
「だったら連絡先くらい教えなさいよ。市民に開かれた行政であるべきだわ」
「……わかりました。何かございましたら私の携帯に直接ご連絡いただければ結構ですので……」
番号を伝えると、相手はすぐに電話を切った。
思わず机に突っ伏した俺に、横から藤井が労うように肩を叩いてくる。
「おばさまキラーはつらいですね」
「仕方ないわ、こんなにイケメンの係長なんだもの」
「お前ら覚えとけよ」
そこへ事務の澤田係長がヒールの音を響かせて再び近付いてきた。
「湯浅係長、局への報告資料作ってくれました?」
「あ……すみません。締め切り今日でしたよね。もう少しお時間いただけますか?」
「もう〜忘れてたでしょ?? 今日中ですからね?」
「はい、すみません」
藤井は難から逃れるようにその場を去り、塚田さんは澤田係長の背中を見送りながら耳元で囁いた。
「モテますね〜係長」
「どこかだ」
乾いた笑顔を浮かべると、息を吐いてパソコンのロックを解除した。
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