義父を探しに

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義父を探しに

エンポリオが今何をしているのか? まあ、エンポリオはミラージュの命令で動いているんだろうとは思う。 本気でミラージュと愛し合うようになってから、ミラージュの言葉には含みがあることに気付いた。 物凄く頭のいい奴だし。額面通りに考えればただの人探しだが、必ず何かがあるはずだ。 そんなことを考えながら、俺は閑静な田園風景を歩いていた。 ここは王都であって王都でない、まさにセントラルの最果て。 のんびりしてんなあ。ホーバレーは。 こここは王都ホーバレー。退官退任した大貴族が余生を送る町。 俺は、向こうから息せききって走ってくる、小さな娘を見かけた。 「王様あああ!王陛下ああああ!」 もっと小さい幼児の頃に出会った、バタースカッチ家の孫娘。 別に、俺の子って訳じゃないが、俺は彼女を高く抱え上げた。 「おう!またデカくなったな?!チェルシー!」 チェルシー・バタースカッチと言う名前を覚えているだろうか。 要するに、うちのスライム、トンヌラと言う名のアルフォンスが出会った娘だった。 「おお!王陛下!」 畑仕事をしていた、マリウスっぽい筋骨隆々の若い男達が現れ、軍隊流の敬礼を捧げてきた。 勿論、俺は彼等を知っていた。 チェルシーの婿候補の連中だった。 スライム無双の可哀想な被害者達だった。 退官し、ホーバレーの屋敷で余生を過ごしていたヴェルタース・バタースカッチ元侯爵は、俺の姿を認めると、 「チェルシー!チェルシーに近付くな!危なああああああい!」 恐ろしい速度でチェルシーを奪い取った。 「大変失礼いたしました!我等が偉大なる!アカデミー国王陛下!」 「お久しぶりー。チェルシー降ろしてやれ」 ヴェルタース・フォン・バタースカッチ。 恐ろしい孫ラブジジイが現れた。 館に通された。いつもの特別なキャンディを口に入れたバタースカッチは言った。 「お懐かしゅうございますな。陛下」 ロリコン扱いされた昔を軽く流して俺は言った。 「元気で何よりだな?退官したって聞いて」 うむ。嬉しそうに頷いた。 「拝領していた領地を女王陛下にお返ししましてな?可愛いチェルシーとホーバレーで余生を過ごそうと。しかし、休耕地が思った以上に多うございましてな?今は兵農一体で、若い連中と楽しくやっておりましてな?」 学園国家アカデミーの建国は、当初はこの世界における人民の避難政策とほぼ同義 だったと言え、恐らく世界のほとんどの人間は(犯罪者を除く)アカデミーに避難していた。 世界の終わりプロトコルと呼ばれた、宇宙から世界を焼き尽くそうとした邪悪な試みが失敗に終わり、終わったから帰れっていうミラージュの命令に、従わない人間達は結構な数いたのだった。 今そこそこ快適で、食うに困らない生活を享受しちゃったセントラルの農家の人達は、やだいオラアカデミーっ子になりてえんだ!っつって、セントラルには休耕地が溢れることになった。 ミラージュは特に気にしなかった。 どうせ一過性のブームだろうと判断した。それでも戻る奴は戻ると。 しかも、セントラルがミラージュを女王とした新たな王朝を開くにあたって、いわゆる元貴族の身のふり方を考えてやる必要があった。 昨今、元貴族達はお百姓さんとして生きる道が与えられた。 まあ、大多数の元貴族がドロップアウトしていく中、バタースカッチだけは違ったようだった。 行きすぎた孫ラブを除けば極めて有能だったらしく、イースト・ファームから師匠を招聘したりして、楽しくやっていたようだった。 ミラージュの話じゃ、例の革命騒ぎの時からミラージュ側の人間だったしな。信任厚くて当然か。 「今日いらしたのは、チェルシーを嫁に、とかですかな?一昨日来ていただきたい」 チェルシーをぎゅーっと抱いた倒錯ジジイはこう言った。 前もそうだった。金とバタースカッチの後ろ立てを欲した貧乏貴族の次男坊や三男坊と言う、チェルシーの婿候補達を纏めて地雷系魔法で始末しようとしたのがこのジジイだった。 「丁重に断っとく。なあ、バタースカッチ、あんた、昔士官学校の教官やってたよな?元陛下がいたクラスだ」 「おう!栄えある士官学校第7魔法歩兵小隊の指導を仰せつかった!恐れ多くもウィンシュタット元生徒様やルバリエ元首席生徒殿を受け持ったものだった!」 そうね。そうだね。じゃあ聞こう。 「エンポリオ・リトバールって生徒は?」 んがんん?!バタースカッチは、特別なキャンディを思わず飲み込んでいた。 「うげっ!げほっ!うがああああああああああ?!」 おじいちゃんは特別なキャンディが気管に入ってもがき苦しんでいた。 チェルシーが背中を擦っていた。 計算され尽くしたようなジジイのあしらい方だった。 「え!エンポリ!リトバアアアアアアアア!あいつは!ゲフゲフ!ぐばああああああ!」 「ごめんなさい王陛下。おじいちゃんは体調が悪くなっちゃった」 あーうん。そーだね? 俺はやんわり家を追い出された。 家を出た直後、チェルシーに呼び止められた。 「陛下、あの、おじいちゃんのことは」 「ああ、うん。今度出直すよ」 チェルシーはペコリと頭を下げた。 「あの、アルフォンスちゃんは、元気ですか?」 あー。思い出した。 直立歩行モードでイケメン化したスライムにドン引きして泣いた、心の傷は癒えたのかな? 至極真っ当な感性してたな。あのジジイの孫なのに。 「ああ。子供もいて元気いっぱいだよ」 「アルフォンスちゃんに子供?!会ってみたいです!」 相変わらず奇っ怪だぞあの生き物。 「ああ、ちゃんとスライムには言っておく。約束する」 「よかったー。おじいちゃん多分私に近付く男の人は、アルフォンスちゃんでも許してくれないから。ああそれから、エンポリオ?さん?その人」 うん? 「凄い昼行灯な生徒だったって言ってました。最近会いに来たんだって。出張でホーバレーの近くまで来てたって言ってました」 うげええええええ!からよくここまで。情報収集能力半端ないなこの子。 在りし日のチェルシー争奪戦から約2年。多分8歳くらいになっていたチェルシーは、文句無しにバタースカッチの後継者になっていた。
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