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拐われた令嬢
美しい。息を飲んだ、女の嘆息が漏れていた。
囚われた令嬢、アリエール・リトバール・エルネストは、一糸纏わぬ裸体に、手錠で括られていた。
今更、ギャースと悲鳴を上げるほど、私、うぶなねんねじゃございませんことよ?
「私を解放し、坊やをお返しなさいまし。私を誰と思ってますの?私は」
勿論知っています。女は言った。
「相も変わらぬその美しさ、まさしく薔薇の令嬢。服もないその状況で、貴女の気高さには一切の瑕疵すらない。思わず、意識を失っている間に、貴女を汚してしまいそうになった。しかしーー」
女は、アリエールの裸体を舐め回すように見て言った。
「今の貴女には、忌々しい野犬の匂いがこびりついている。本当に忌々しい、野卑な血統の傍流の分際で、救星の勇者とはな」
「大体解りましたわ。貴方、うちの主人に何の遺恨が?確かに私は、エルネストの血統を育んだ、救星の母達の一翼。と言うより、貴女、マルゴのエステにいましたわよね?どこかでお会いした記憶が。いいですわね?うちの人を汚れた血統等と言って迫害せんとした方は、必ず滅びますの。本来なら、貴女如きは私の記憶にすら残らない、どうということのない存在ですが、死ぬ前に名乗りなさい。死んだら忘れて差し上げますわ。貴女も、エルネストの血筋を口にする関係者の1人なら、マスカレードくらい使えますのでしょう?」
「流石は、勇者ジョナサン・エルネストシリーズの作者だ。高い知性とメス犬のような淫蕩性を併せ持つ女だ。俺が誰か、お前も知っているだろう?」
マスカレードで女に化けていたそいつは、一瞬で本性を現した。
豊かな胸は一瞬で消え、端整な、磨き上げられた相貌は、
「思い出しましたわ。貴方は、ベイル。ベイル・アルフレッドーーシトレ。もういない、中央大陸最大の有力者の、唯一の後継者」
「久しぶりだな。アリエール」
幼い追憶の1場面でしかない、昔、仲がよかった少年がそこにいた。
「この子供は、今は俺のものだ。このリトバール朝の新たな王子、ロズウェルを頂き、俺は頂点に立つ。ウィンシュタット朝など、最早継続する意義すらない。あの不快な女王を追放してやろう。俺と来い!アリエール!お前が新しい国母となれ!」
はあ?馬鹿馬鹿しすぎて溜め息が漏れた。
「貴方、どれだけの人間か解りませんが、マリルカから玉座を簒奪?正気とは思えませんわね」
「俺は既に提案した。あの時、王宮から連れ戻される時に。お前は来なかった。お互い子供だったから仕方ないが、今また俺を拒絶するのか。なら仕方ない、この子が俺のものになるだけの話だ。大体、正気だと?俺の正気を疑うのか?間もなく手に入る、あれがあれば、ウィンシュタット朝など恐れるに足らん!お前は、俺の手下の慰みものになりながら、我が子の戴冠を眺めているがいい」
1人残されたアリエールは黙考した。
確かに、お別れする前に、私のところに駆け込んで、一緒に逃げようとか言っていましたわね。それにーー。
ウィンシュタット朝を終わらせるあれ?
まさか、伝説のフリードリヒ王の遺産、シトレのおじさまが隠し持っていたと言われる、「箱」ですの?
アリエールは、1人黙考を続けていた。
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