娘の思いと父の夢

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 妻は、初めて赤子を抱いた翌日から高熱を出し、集中治療室に入ることとなった。いわゆる産後の()()ちが悪く、(さん)(じょく)(ねつ)から敗血症へと移行してしまったのだ。  医者でない修吾は、赤子を守りながら回復を願うしかできなかった。医療を信じ、元気になった妻と会う。そこに計画性は存在せず、(いの)りに祈り、心細い夜をいくつも越えた。泣いてぐずる娘の声が、自分を責めているようで、とても苦しかった。  そして、妻が集中治療室に入ってから七日目の朝、病院から電話があった。とても危ない状態なのですぐに来てほしい、という内容だった。  修吾は実母に娘を預け、病院へと走った。受付に、顔見知りのナースが立っていた。そのナースは苦しそうに首を振った。力及ばず、申し訳ありません、と。  その場で泣き崩れた修吾は、いったいどのように歩いて妻の眠る場所へ行ったか分からなかった。ベッドの上で蒼白な顔をした妻は、見たこともないぐらいの静けさでそこにあった。頬に触れてみると、とても乾いた皮膚の一部がしっとりと湿っていた。ナースの話によると、亡くなる直前に涙をぼろぼろ流していたらしい。 『意識はないはずなのに、ご主人と娘さんに会いたかったのかも知れません……』  どうして傍にいてやらなかったか。どうしてそんな願いすら叶えてやれなかったか。修吾は己の膝を殴り、悔しくて、悔しくて、泣きに泣いた。  その二日後に葬儀をし、ろくに寝てもいない眼で、妻を燃やす煙を見つめた。  修吾は二十三歳。本来の計画では結婚すらしていない年齢で、すでに妻を亡くし、母の愛を知らぬ娘を育てることとなった。  人生設計において、再婚するという計画はなかった。むしろ、こんなにも悲しい思いをするのなら、結婚なんて二度としなくていい。妻の分まで娘を立派に育て、せめて娘が嫁ぐまでは生き抜こう。そのためには健康に気を配り、ある程度の生活が維持できるように努めねばならない。出世する意味も見いだせない自分には、もはや娘を守ることぐらいしかできることはない。
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