娘の思いと父の夢

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 そして、現在──。  厳しい冬が終わり、桜が花を開き始めた。  間もなく四月から、娘は新任教師として、市内の中学校に通い始める。  近々カレシとその祝いをするらしく、今夜は先ほどからディナーの予定を話し合う声が聞こえている。  修吾はバラエティ番組を見ながら、聞くともなくそれを聞いていた。すると、意味のありそうな文言がちらほらと混ざっているようだ。 「うん。お父さんはお酒好きだよ」  とか、 「甘いものは好きじゃない。お父さんが好きなのは辛いもの」  とか、 「挨拶を軽く考えない方がいいよ。家族になってから揉めるかも知れないし」  とか、 「四月の教員てバタついてるから、ゴールデンウィークがいいと思う」  とか。  ある一つの目的以外にないような話をしている。修吾は何だかどきどきして、湯呑みの茶をひっくり返してしまった。  娘の声が、うれしそうな音色に変わる。 「格好いいところ見せてね。大丈夫。お父さんは私のこと信じてるから、私が選んだ人だったら、怒ることもないよ」  もうこれは確定的だ。いよいよ娘が結婚するか。新任教師が新婚と言うのはどうなんだろうと思いつつも、自分もその道を辿ってきたんだったと照れて笑った。  こぼした茶を布巾で拭きながら、亡き妻に語りかける。  本当に長い道のりだった。色々なことを犠牲にし、色々な計画変更を余儀なくされて、なおかつ娘に苦労ばかりかけたが、ついにその日が来るんだなあ。おまえが生きていたら何と言っただろう。俺以上に反対したんじゃないか。けれども、俺は今すごく幸せだよ。今度の墓参りには、きっと良い報告ができる。楽しみにしていろよ。
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