娘の思いと父の夢

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「じゃあ、そういうことで。明後日、楽しみにしてる。あなたももう社会人になるんだから、そろそろ髪を黒くしてね。おやすみなさい」  と言うことは同い年の男か、と修吾は思った。これまでに様々な生徒を見てきたから、髪色がどうでも差別する気持ちはない。彼が挨拶に来るとき、ちゃんと黒く染めてきたら大したものだ。もっとも、娘が軽い男を選ぶとは思えないから、そこは信頼している。きっといい男だろう。そうか。俺にも息子ができるのか。  にやにや笑っていると、娘が近くに立っていて驚いた。修吾は話を聞いていなかった(てい)で拭き掃除を続けた。 「パパ、手際が悪いよ。ちゃんと拭けてないじゃん。ちょっと布巾貸して」  言われ、布巾を手渡すと、娘はあっという間に水気を拭いとった。そんなに手際が違うのかと落ち込んだ父を見て、くすくすと笑ったのもまた娘だった。 「パパは可愛い人だよ。再婚したっていいんだよ?」  修吾は、微笑みながらかぶりを振った。 「おまえが結婚したら考えるよ。父親から卒業するのは、そういうときだろう」  言うと、娘は(いた)(ずら)っぽく笑った。 「本当にそうかなあ。パパが考えているのは、別のことだと思うなあ」  何だか見透かされたようで、修吾は目を逸らした。 「俺はいつだって(たい)(ぜん)()(じゃく)だ。おまえも教員になるなら、いずれそうなる」  へえ、と微笑んだ娘は、カレンダーを見て言った。 「五日後、パパの誕生日、プレゼントは何が欲しい? 私が考えているものでいい?」  その日を迎え、修吾は四十五歳となる。娘からは毎年何らかのプレゼントをもらっていて、ほとんどが大事な宝物だ。 「何もいらないって言っても、何か買うんだろう。希望はない。安物でいいぞ」  娘は、無邪気な子どもみたいに笑った。 「二つのプレゼントを用意してるの。きっとうれしくて、きっと喜ぶもの。でも、少しは複雑な気分になっちゃうかな。楽しみにしておいて。それじゃ、私はお風呂に入ってきます。パパはお風呂の前にお酒飲んじゃだめだよ。後で晩酌しようね」  我が娘ながら、恋人のごとき愛らしさだ。修吾は同時に寂しく思った。こんなにできた娘が嫁いでしまえば、とてつもなく独り身であることを突きつけられるだろう。教師という職業柄、なかなか出会いの機会はないが、再婚というものも考える時期にきているのかも知れない。いや、それよりは没頭できる趣味を見つけた方が早いか。娘は自分にとってすべてだった。幸せだけれど寂しい。男親の心境は複雑だ。
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