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案内されたドレスルームでメイドの女性たちがきゃあきゃあと僕に似合う服を選んでくれる。
「きっと緑が似合いますわっ!」
「いいえっ、この薄紫の衣装がいいに決まっているわ!」
メイドさん達が言い争うのを隣でどうしたものかと眺めていると、さっきの女性がごほんっと1度咳払いをしたことでピタリと言い争いが止まった。
「貴方様は…いえ、…失礼ですが…お名前を聞いても?」
「…アデレード…」
「…そちらではなく」
「……リュカです…リュカ=ロペス」
自分でも久しぶりに言葉にした自身の名前はアデレードよりもしっくりと馴染んで、そんなことにすら少しだけ泣きたくなる。
これから先、この名前は捨てて生きていくものだと思っていた。
けれど、そうでは無いんだ。
僕はまだリュカで居ていいんだ。
「それでは、リュカ様はどの衣装がお好きですか?」
そう訊ねられて、僕は用意されている何十種類とある衣装をざっと目で確認してからある1点で視線を止めた。
「…これが、いいです」
「…こちらですか」
女性が僕に手渡してくれたのは全体を銀色の生地で仕立てられたスーツの様な衣装だ。けれど、燕尾の部分にプリーツが入っていてまるでフリルのように広がり後ろから見ればドレスを身にまとっているようにも見える造りになっている。
その衣装の中で特に僕が気に入った点は、銀の生地に金色の糸で刺繍が施されているところだった。
まるで、あの夜に出会った美しい彼のようだと思ったんだ。
「…どうしてこの衣装を?」
「それは…」
「遠慮なさらずに」
「…忘れられない人と同じ色だから」
僕の言葉に周りにいたメイドさん達がみんな目を見開いて固まってしまった。
それに慌てて、1度しか会ったことはないと付け足す。
皇帝陛下のお嫁さんになりに来たのに他の人のことを話すなんてダメだったよね…。
いや…別にそんなこと気にする必要もなくなるのかな。
きっと替え玉の僕はここから追い出されるから。
「それでは、こちらに着替えましょう。シシィ、ユンナ手伝いを」
「「はーい」」
手際よく着替えさせられた僕は、伸ばしっぱなしでボサボサだった髪も整えてもらってすっかり綺麗にしてもらった。
「あの、」
「はい?」
準備が終わったあとに、女性のメイドさんに勇気を振り絞って声をかけると彼女が僕の声に反応してこちらを向いてくれる。
「名前…教えてください」
「これは失礼致しました。私はラナと申します」
「ラナさん…」
「いえ、ラナ、と呼び捨てでお呼びください」
「…えっと…ラナ…?」
「それでよろしいですよ」
ふわっと微笑んでくれたラナに僕も笑い返すと、彼女は僕を部屋からディナールームまで案内してくれた。
そこで出された料理はどれも豪華で暖かくて、とても美味しかった。
思わず涙を流しながら食べる僕を料理長やメイドさん達が微笑ましい目で見てきて少しだけ恥ずかしくなったけれど、なんだかすごく幸せな気持ちになってお腹がはち切れそうになるまで料理を味わった。
「…あの…残してしまって…」
「構いませんよ」
「明日の朝にまた出してくれれば…」
「それはいけません」
ラナに叱られてしゅんとした僕に料理長がそんなに気に入って頂けて嬉しいですと言ってくれた。
僕は料理長にありがとうございますって伝えると、渋々席から離れて部屋へと戻った。
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