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彼の姿を目に焼き付けると、また僕は1つ頬に涙を流した。
「…どうして…」
どうして彼がここに居るのだろう。
思わずラナやラセットさんの顔を見るけど、誰も何も教えてくれる気配はなくて、直ぐに彼へと視線を戻した。
疑問は声にはならなくて、ただもう一度会いたいとずっと思っていた彼のことを見つめることしか出来ない。
確かに彼はあの月に照らされた夜にまた会おうと言ってくれたけれど、それはきっと叶わない口約束のようなものだと思っていた。
いざそれが現実になると、思考は追いつかず、会えた嬉しさと、彼が今この場所に立っていることへの疑問で頭の中は埋め尽くされてしまう。
「…泣いているのかい?」
優しい声だった。
ただひたすらに僕を気遣うような声に、涙は少しずつ止まって、彼の声を聞いて姿を見るだけで段々と心が落ち着いてくる気がした。
彼が居るからもう安心できるって何故か安堵して、ただじっと、それからは言葉も発せないまま彼を見つめ続ける。
「隣に座っても?」
彼の言葉に頷けば、彼は僕の隣の空いた椅子に足を組んで腰掛けて、それから当然のように僕の肩に腕を回してきた。
そんなことにすら何故だかドキドキしてしまって動悸がする気がする。
爽やかでいてとても甘く柔らかな香りが彼から漂ってきて、彼の美しさも相まってかとてもくらくらしてしまう。
「ど、どうして…ここにいるんですか…」
「それよりも先に、どうして泣いていたのか教えて欲しい」
未だ微かに頬を流れる涙を彼が人差し指で掬って、それにカーッと顔を赤くする。
「…ただ…不安で」
「なにが不安?」
「皆優しいから…嫌われたくないなって…」
彼の前だと何故かすらすらと思っていることを口にすることが出来て、とてもリラックス出来る。あのパーティーの夜も彼にはなんでも話せる気がしていた。
「嫌われるようなことでもしたのかい?」
前みたいにやっぱり彼は僕にずっと質問しながら、ただ僕の話に耳を傾けてくれる。心地よくて安心して、いい匂いに包まれながら、だらだらと思いの丈を声に出した。
「…とても許されないような嘘をついたから…皇帝陛下は僕のことを嫌って、この離れに僕を住まわせているんです」
「…そうなのか……皇帝陛下に会いたいとは思わない?」
「…会いたくない」
ぽつりと出た言葉は、皇帝陛下をただただ拒否する言葉だった。
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