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僕の言葉を聞いた彼は微かに驚いた表情を浮かべると、またすぐに柔らかな笑みを浮かべ直して、どうして?と尋ねて来た。
僕はそれに対してどう答えるのが正しいのか迷ってしまう。
そもそも彼は誰なのだろう…。
城内にいるということは、関係者なのだろうか。だとすれば、この話が皇帝陛下の耳に届いてしまわないだろうか…。
「…あの…このことは…」
「誰にも言わない。ラナもラセットも何も聞こえていないと思うよ」
僕たちのことをただ心配そうに見つめている2人にはきっと話は丸聞こえのはずなのに、彼が2人に視線を向けると、2人は1度だけ頷いてくれて、それを見て僕はほっと息を吐き出した。
「ほら、大丈夫だから、皇帝陛下に会いたくない理由を話してみてよ」
彼に促されて、僕はゆっくりと心の声を吐露する。
「…自分のことを嫌っている人に好かれる努力をするのは…、随分昔に辞めてしまったから…」
そうだ…。
まだ10歳の時から、今までの6年間で僕は嫌という程にそれを実感していた。
自分のことを嫌っている人に好きになってもらうことの難しさと、そんな努力をすることの意味のなさ。それはあの広いようで狭い、監獄のような公爵家で学んだ唯一のことのようにも思えた。
僕の返答に彼は綺麗な形の眉を寄せて、何故だか悲しそうな、複雑な表情を浮かべた。
その表情を見て、やっぱり不味いことを言ってしまったと反省する。
「…ご、ごめんなさい…。皇帝陛下には言わないでください…どうせ、その内、ここから追い出されるから…それまでは」
「…え…ここを出ていく気なのか?」
「…僕はそんなこと自分では決められません…ただ、皇帝陛下が、僕のことをお嫌いならそうなるかなって」
無理に笑顔を作って言えば、彼はやっぱり複雑そうな顔をして僕のことを見つめていた。まるで、困り果ててどうしたらいいのか分からないって感じだ。
困らせてしまっただろうか…。
トパーズやアンバーを閉じ込めたかのように輝く彼の瞳を僕も見つめ返して、ただじっとお互いに見つめ合う。
互いが互いの思いを探り当てるように、ひたすらに視線を交換して、ただ僕達は黙ったまま数秒、いや数分にも感じる長い時間見つめ合っていた。
「仮に皇帝陛下が君のことを嫌っていたとして、君は皇帝陛下の事が嫌いなのかな」
先に沈黙を破ったのは彼だった。
視線はそのままに、また彼の口から紡がれた問に僕は緩く首を横に振った。
会ったこともない皇帝陛下のことを嫌いになれるはずもなく、ましてや好きかと言われればそうは思わない。
けれど、皇帝陛下は僕を見たくないと突っぱねはしても、出て行けと寒空の下に追いやることはしなかった。
暖かな食事と寝床を与えてくれたし、優しい使用人の人達と出会うことも出来た。
素敵な薔薇の庭園でお菓子を食べて、上等な服を着ることを許してくれている。
だから、嫌いかと問われれば嫌いではない。
好きかと問われればやっぱりそれも違うと思う。
ただ、感謝していた。
恩は一生かかっても返せないだろうと思う程には、本当にただひたすら感謝の念しかなかった。
「嫌いでも、好きでもないです…ただ、感謝の意を伝えたいとは思います。こんな僕を今生かしてくれていることに本当になんとお礼を言っていいかも分からない程に感謝しています」
「そうか」
彼は僕の言葉を聞いて、ただ微笑んだだけだった。
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