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笑顔の彼に僕も微かに微笑み返すと彼はしばらくなにか考える素振りをした後に、少しだけ椅子ごと僕の方に体を寄せてきた。
そして、何を思ったのか、彼は突然僕の腰あたりを掴むと座っている自分の膝に僕を持ち上げて座らせた。
驚きすぎて固まる僕のお腹辺りに彼が手を回してきて固定されると、至近距離で感じるいい匂いに鼓動がありえないくらい早鐘を打つ。
「鼓動が早いね」
「…そ、それは貴方が突然こんなことをするからっ…」
耳元で囁かれると、恥ずかしくて涙も何処かに吹っ飛んでしまう。
慌てる僕を見て彼が笑って、僕は更にそのせいで顔を赤くしてしまう。どうしてこんなことになっているのかも分からず、助けを求めるように周りを見たけれどいつの間にか皆居なくなっていて、その事に驚くと同時に助けてくれる人がいなくなったことに絶望した。
「ほら、暴れたら危ない」
「…な、なら離してください…」
「嫌いじゃないならかまわないだろう」
「…それは皇帝陛下のことでっ……え…?」
言われた言葉に、思考が停止して動きが止まる。
そういえば皆なんで何も言わないんだろう。
僕は一応皇帝陛下の花嫁としてここに居るのに…。
彼が僕に触れても、誰も何も言ってこなかったことに首を傾げる。それから、自分の着ている銀の生地に金刺繍の入った服を視界に入れてから、ラナが言っていた言葉を思い出した。
確か皇帝陛下も彼と同じ銀と金の色を持っているって……。
そこまで考えて僕は、背後でくつくつと喉を鳴らして笑っている彼の方に無理矢理顔を向けた。
「……皇帝陛下…?」
「あぁ、私が君を嫌っていることになっている皇帝陛下だ」
楽しげに口角を上げて彼が僕を見て答えた。
彼の言葉にサーっと血の気が引いていく僕は、何とか彼の膝の上から逃げ出そうと必死に抵抗を始める。皇帝陛下の膝の上に座っているなんて恐れ多すぎて命がいくつあっても足りない気がしたんだ。
「…まるで懐かない猫のようだな」
先程よりも荒い言葉遣いで彼が囁いて、ひょいっと持ち上げられた僕は対面する形でまた彼の膝の上に乗せられた。至近距離に彼の綺麗な顔があって、そのせいなのかどんどんとまた身体中が熱くなってくる。
「そんなに匂いをばらまいて悪い子だ」
「な、なんのことか分からない、です」
頬にキスを落とされて、ぎゅっと目を閉じると次はこめかみにキスをされた。目を閉じているせいでダイレクトに感じる唇の感触に、わけも分からないままぐるぐると目が回る感覚を味わう。
自分を嫌っているはずの皇帝陛下が今まさに目の前にいて、僕を膝に乗せて顔や首の至る所にキスをしてくる現状に僕の頭の中は軽くパニックを起こしかけていた。
「嫌ってなどいない」
「…え……、っん、」
彼の言葉に思わず目を開けると、突然顎を掴まれて彼が僕の唇に自分のそれを押し当ててきた。優しく食むように下唇を甘噛みされて、ちゅっとわざとなのか音を鳴らしながら彼の唇が僕から離れていく。
何が起こったのかも分からずに惚けたまま彼の顔を凝視すると、彼は困ったように小さく笑って僕の頬に片手を添えてきた。
「君のことをアデレードだと思っていたからアデレード=ロペスに婚姻を申し込んだんだ」
「…それはつまり…僕と結婚したかったってこと、、ですか?」
「そうだ」
まっすぐ射抜くように目を見て言われた言葉にまた胸が大きく鳴った。
本当に?
信じられなくて、もう一度尋ねたいのに微かに震える唇から上手く声は出てこない。
「君が目覚めたと聞いて離宮まで足を運んだら、ここにいると言われて駆けつけた。そしたら、泣いているから何事かと思ったよ」
優しく頬を撫でられてその気持ちよさに目を細めて、つい彼の手に擦り寄ってしまう。
それに応えるようにまた撫でられて、僕はなんだか胸がいっぱいになって止まったはずの涙がまた1つ流れ落ちた。
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