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アデルバード様が僕から顔を離すと、そっと覗き込むように視線を合わせてきた。
「そろそろ離宮から宮殿に移動してはどうだ?」
「…ぇ…」
アデルバード様に言われた言葉を頭の中で復唱して、思わず小さく声を漏らした。
ここに住むようになってどのくらい経っただろうか。1週間か、2週間くらい…。
その期間にこの離宮は僕の本当の家みたいに思えるようになっていて、移動という言葉に心の中で嫌だなって思ってしまう。
この場所は温かくて、ここに居る人たちは皆優しいし、今居るサンルームでこうしてゆったりとするのも好きなんだ。
だから、ここから離れるのは嫌だなって思ってしまったんだ。
「…その……」
「どうしたんだい?」
「本当に移動しないと行けませんか…」
何となくアデルバード様の顔が見れなくて俯きがちに尋ねると、彼が微かに息を飲んだ音が聞こえてきた。
「…嫌なのかい?」
なんだか悲しそうな声に胸がズキリと痛む。
こんなこと聞かなきゃ良かったって後悔して、それから、自分がいかに我儘なことを言っているかって気がついて反省する。
僕が意見を言うなんて許されるわけないって公爵家にいた頃から知っていたはずなのに、この場所で皆に優しくされるうちにそれを忘れてしまうところだった。
「嫌、じゃないです…僕も、移動したいって思ってました」
ずっと誰も僕の意見なんて聞いてはいなかった。どうだい、とか、どうかな、とかって言葉はただ同意を求める言葉であって僕の思っていることを尋ねているわけじゃないんだ。
父の黙って言うことを聞いておけっていう別れる時の言葉を思い出して、その通りだなって思った。
「リュカ、こっちを向いて」
そっとアデルバード様が僕の顔を自分の方に向かせると、嘘つきって笑って、むにって僕の頬を抓った。
それは全然痛くも痒くもないのに、何故だが彼の嘘つきって言葉と優しげな表情に涙が零れてきて、くしゃりと顔を歪めた。
「リュカがしたいようにしていいんだ。此処に居たいなら居てもいい。私が会いに来ればいい話だ。あぁ、それとも私がここに移動しようか」
あやすように抱きしめられて、背中を撫でられると苦しくて痛くて詰まっていた呼吸が正常に戻って行くような気がした。
どうしてわかるんだろう。
どうしてアデルバード様はいつも僕にこんなに良くしてくれるんだろう。
「私はね、リュカのことを大切にしたいんだよ。どろどろに甘やかして君が笑う姿を見れるのが1番の幸せだ」
「…でもっ…我儘だって思われたら…」
「逆に沢山我儘を言って欲しい」
耳元で、言い聞かせるように、優しくそう言われて僕はそれに何度も頷いた。
ずっと、誰も僕の言葉なんて聞いてはくれなかった。だけど此処では僕も我儘を言っていいんだ。
思わずアデルバード様の首元に額をくっつけて擦り寄って、ありがとうございますって泣きながらお礼を口にする。そしたら彼がポンポンって僕の頭を優しく撫でてくれた。
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