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僕は服を握りしめたまま、自分の部屋へと一目散に駆け出した。
掃除の途中だとか、さぼったのがバレたら怒られるだとかそんなことは二の次で、この悲しみを何処に向ければいいのかも分からないままひたすらに部屋まで駆ける。
そうして、部屋の中に着くと、貰った服をベッドに投げ捨てて、物置の中を引っ掻き回すと、パーティーに着ていけそうな服を1着取り出して手に取った。
ボロきれのような服を脱ぎ捨てて、ずっと袖の通せなかったそれを身につける。
割れた姿見鏡で自分の姿を確認すると、僕はぺたりとその場に座り込んで涙を流した。
アデレード兄さんは僕よりも小柄で美しい装飾が良く似合う人だ。だから、この服が自分に似合わないことくらい分かっていた。
丈の合わない裾に、なんだか無理をしているようにも見える装飾品とフリル。真珠が縫われた真っ白なドレープ生地だけが眩しく光り輝き、まるで惨めな僕を嘲笑っているかのようにも感じられる。
馬鹿だ…。
自分だって着飾れば美しくなれるなんて期待して、悔しくて、やけを起こして着てみたけれど、結局は現実を突きつけられただけ。
アデレード兄さんは僕にこの服が似合わないことなんて百も承知で渡してきたに違いない。
彼は僕に嫌がらせをして、僕が悲しげに泣くのを見るのが好きなのだ。
暗い地下の部屋はロウソクの心許ない灯りしか無く、その火がまるで僕の命の灯火のようにも感じられる。
いつか僕は彼らに殺されるのかもしれない。
いや、その前に生きる気力が無くなり自ら命を捨てるのかもしれない。
そう思ったとき、僕はふと空が見たくなった。
あの広大な空間を目にすると、僕はまるで鳥にでもなったかのように自由を感じられるのだ。
服もそのままにこそこそと外に出る。
外はすっかり暗くなっており、空には満点の星空が広がっていた。
ふらふらと目的の場所もなく屋敷の中を歩いていく。今はパーティーの真っ最中で、屋敷の中には人影があまり見当たらない。
中庭に続く外通路を歩いていると丁度そこが月明かりに照らされていて、庭園と空が良く見えた。
立ち止まって、月に照らされながら、僕は夜空の星々を目に焼きつける。
「…僕も星になりたい」
無意識に出た言葉は確かに自分自身の願いでもあった。
「そんな所で何をしているのかな?」
夢中になって星を見つめていると、通路の奥の方から声をかけられて僕はゆっくりとそちらに顔を向けた。
ゆったりと暗がりからこちらへと歩いてくるその人の姿が月明かりに照らされて段々と浮かび上がってくる。
銀糸を溶かしたような美しい髪に金色の瞳、見たこともないほどに精巧に整った顔にはやけに感情のこもっていない作られた笑みだけが貼り付けられていて、美しい彼にそれは勿体ないと思ってしまう。
彼がもしきちんと笑みを浮かべたならば、どれ程に素敵なことだろうと、初対面の相手にそんなことを思うなんて、酷く自分が図に乗っているように感じて拳を握りしめた。
「星を見ていたのです」
みっともなく掠れた声が喉から出る。
それが恥ずかしくて、微かに俯いた。
「楽しいかい?」
「…えぇ…とても」
暗いやつだと思われただろうか。
この人が美しすぎるせいか、そんな風に思われることが嫌だと思う。
「星が好き?」
質問攻めしてくる彼に内心で首を傾げつつ、小さく頷いた。
彼の金色の瞳に見つめられると、なんだが落ち着かない気分にさせられる。
きっと彼は天人だと、その時思った。
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