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人生で初めて着る豪華な衣装に美しい装飾品。それらを身にまとった自分は、身体を丹念に洗われ、髪も整えられているおかげか、いつもよりも幾分マシに見えた。
それもこれも全て僕を身代わりとして隣国に嫁がせるためなのだ。
こんな風に着飾ってみたいと思ったことは何度もあったけれど、いざそうしてみたところで全く喜ぶことは出来ない。
「…それでは…行ってまいります」
「いいか、せいぜい口を閉じてあちらの言うことを聞いておくことだ。そうすればお前のような出来損ないの花人でも夜伽の相手くらいにはしてくださるかもしれないからな」
「っ…はい…お父様」
父の言葉に怒りを覚えたけれど僕は唇をかみ締めて耐える。
アデレード兄さんの為に隣国から迎えにと寄越された豪華な馬車に乗るよう促されて、僕は戸惑いながらその中に乗り込んだ。
しきたりで嫁ぐまでは誰にも見せないように顔を布で覆うことを定められているおかげか、誰も僕が天使の落とし子と呼ばれる程美しいアデレード兄さんと入れ替わっているとは気づいていない。
そっと窓から外を覗くと、屋敷から出たことの無い僕には眩しいくらいの鮮やかな街並みが目に飛び込んできた。
行き交う人々の笑い声や息遣い。
僕の乗った馬車を物珍しそうに見つめる人々。
買い物をしている小さな子供に商人の活気のある声。
それら全ては僕にとって目新しく、生きる活力のようなものを与えてくれる気がした。
途中何度もそういった街や村を通過して、隣国であるシュヴェエトに着いたのは2週間以上も経った頃だった。
長時間馬車に揺られて、疲れてしまったのかなんだか気分が悪く頭もクラクラとしてくる。
護衛騎士の方に水を貰おうと立ち上がろうとした時、ガクリと足の力が抜けて僕はその場に倒れてしまった。
ドサッという僕の倒れる音が聞こえたのか、護衛に着いてくれていた騎士の1人が慌てた様子で馬車の中を確認しに来たようだった。
倒れたせいか顔布が外れていて、僕の顔は外気に晒されてしまっている。
このまま顔を見られてしまったら…そう思うのに身体は上手く動いてはくれない。
熱で朦朧としている状態では騎士が何を言っているのかも、誰と話して何を見ているのかも分からなくて、ただぼーっと開いた扉から見える外の風景を眺めることしか出来ないでいた。
「まさかっ、この者はアデレード様では無いぞっ!!」
一際大きく聞こえてきた声に僕は思わず身体を動かそうとしてそのままうつ伏せに再度倒れてしまった。
そして弁解をしようと口を開いた時、無理が祟ったのか一際激しい目眩と頭痛に襲われて呆気なく僕の意識は闇の中へと消えていったのだった。
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