14.春の訪れは……

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結婚して数ヶ月。 これといってなにか大きな出来事もなく、あるとすれば初夜の日を超えてからアデルバード様が離宮に住み始めた位だろうか。 ルート様には、仕事が進まなくなるから宮殿に居を移して欲しいと頼み込まれて、僕もそろそろ自分の我儘だけで離宮に住むのは辞めないとって思い始めていた。 「今日のお昼のデザートはリュカ様の好きなアップルパイですよ」 「本当?嬉しいなあ」 ラナと一緒に通路を歩きながら、たわいのない会話を楽しむ。立ち行く使用人の皆が僕を見かける度に挨拶をしてくれて、僕は一人一人に体調はどう?って話しかけたりしながら勉強するための部屋へと向かっていた。 「ねえ、聞いた。あの噂」 「なになに〜?」 「リュカ様って本当は花人じゃないかもって」 通路の角、視界になっている所から聞こえてくるメイドさん達の声に僕はピタリと歩みを止める。 「この国に来て半年以上経つのに開花期に入ったのを見たことがないって他の子が言ってたのよ〜!」 「えっ、てことは春の訪れがまだってこと?うわあ、それって花人って嘘ついて陛下に嫁いだってことかなあ。見た目も、はっきりいって花人とは思えないものね〜」 「いい方なのに、嘘ついてるなら少しガッカリよね」 聞こえてくる鋭利な言葉たちが僕の胸に突き刺さって、僕は唇を噛んだ。まさか、そんな噂があるなんて知らなくて、どうしていいかもよく分からない。 初めて開花期が来ることを、春の訪れ、と言うことは僕も知っていた。開花期が来ないことを誰よりも不安に思っているのは自分自身で、他人に花人じゃないとか、出来損ないって言われることもロペス家に居た頃はよくあった事だ。 けれど、この国に来て初めてこんな話を聞いてしまって、僕は凄く衝撃を受けていた。 この国の人達は皆優しいから、思っていても面と向かって言わないだけなんだって気がつかされる。 「リュカ様真に受けてはなりませんよ」 「……」 アデルバード様も僕には何も言っては来ない。 きっと開花期が来ないことを不思議に思っているはずなのに……。 天人や花人はお互いから漏れる微かな匂いを感じ取ることが出来るから、アデルバード様が僕を花人だと理解しているのは分かっている。 けれど、開花期が来ないということは契りを交わすことが出来ないということで……アデルバード様はそれについてはなにも触れてこないんだ。 僕と契りたくないわけではないと思いたい。 きっと僕のペースに合わせてくれていて、僕のことを待ってくれているんだって信じているから。 けれど…… 「本当のことだから彼女達のことは怒らないであげて」 僕はラナにそう言ってから、メイドさん達の方に歩みを進める。 ここを通らないと勉強部屋へ行けないから。 「リュカ様!?」 「おはよう」 僕の登場に物凄く驚いているメイドの2人は顔を段々と青くして、どうしようって瞳をさ迷わせ始める。 それを見つめながら、僕は口元に笑みを浮かべて彼女達に、調子はどう?って尋ねた。 そんな僕の言葉に、聞かれてなかったって安堵の表情を見せた2人が、健康でございますって答えた。 「そう、今日も頑張ってね」 「「ありがとうございます」」 立ち去るように促すと、僕にお辞儀して2人は小走りに目の前から立ち去っていく。 2人が立っていた所をぼんやりと見つめながら、あの噂はもっと拡がるだろうなって思った。
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