14.春の訪れは……

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勉強部屋に到着するといつも通り席に腰掛けて教材を拡げた。いつもなら今日はどんな新しいことを学べるのかワクワクして教材を何度も読み返したりするのに、今はそんな気になれなくてただボーッと目の前の文字を眺めていた。 「少し遅くなりました」 そうしているとルート様が部屋に入ってきて、僕はゆっくりと彼に視線を移した。 「おや、今日は予習していないのですね。いつもはするなと言っても手を止めないというのに」 「……」 なんと返せばいいか困って無言のまま苦笑いを浮かべると、眉を微かに寄せた彼が僕の目の前へと歩み寄ってくる。 「何かありましたか」 「……ルート様は、噂をご存知ですか」 「……ええ、私は宰相ですから」 「本当だと思いますか?」 僕はじっと彼の瞳を見つめながら尋ねる。 こんなことを聞いて、僕はどう答えて欲しいんだろう。 彼はノーマルで、匂いや感覚といったものを天人と花人の様に感じ取ることは出来ない。だからこそ、ルート様がどう思っているのか知りたいと思った。 「リュカ様」 「……はい」 「貴方は他人の為に嘘を吐くことは出来ても自分のためにそんなことはできる人じゃない、と私は思っています」 「……っ……」 ルート様がじっと僕のことを見返しながら、淡々と僕に言い聞かせるように話を続ける。 「貴方は皇后になったのです。毎度その様な噂に流されていては国は危うくなります。それに、貴方の身も持ちません」 「……でもっ、僕はまだ春の訪れすら無いんです」 段々と熱くなってくる瞳を伏せて、ルート様へ気持ちを吐露する。 「確かに開花期の花人の妊娠確率は100%と言わていますから、開花期のない貴方は世継ぎを産む確率は格段に下がることでしょう。しかし、妊娠しないと言う訳ではありませんし、精々ノーマル同士の妊娠確率と同等になるくらいですから対して気にする必要はありません」 「……でも」 「契の問題は正直私には分かりかねます。それは陛下に相談を。ただ、私から言えることは、契りを交わさずとも貴方方は既にお互いを深く愛していると思う、ということだけです。開花期が来ないのですから、契りを交わしていなくとも城内で他の天人と間違いが起こることもないでしょうし」 なにか問題が? ってルート様は相変わらず無機質な声で聞いてきて、僕は緩く首を振った。 「……まあ……それは一般論の話なのですがね」 「え……?」 ぽすぽす、と頭に大きな手が乗せられて優しく撫でられる。その温かさに、僕は泣きたくなるのをグッと我慢した。 「辛いですね。吐き出したくなったら何時でも話は聞きますから、遠慮せずに話してきなさい。今日は勉強は辞めて、美味しい紅茶を料理長から頂いたので一緒にどうですか」 僕の頭を撫でながらルート様は優しい声でお茶に誘ってくれた。その気遣いが凄く嬉しくて、ありがとうございますってお礼を言ってから、ご一緒させて下さいって答える。 僕の先生は厳しいけれど、こういう時すごく優しくて頼りになるんだ。
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