母と私の笑顔ノート

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「どうしたの突然涙なんか流して。あ。お父さんが恋しくなった?」 ティッシュ箱を差し出しながら母は言う。 「…あのね…お母さん。私、仕事辞めたんだ…。アパートも引き払って来た…」 母は、キョトンとしている。 でも、言わなくちゃいけない事はそれじゃない。 「…あのね…。あのね…。私…膵臓癌になっちゃった。ステージ4。……………余命宣告されちゃ…」 「ダメ!!!!! 顔を上げなさい!!!」 初めて聞く母の大きな声に驚いて顔を上げると、母の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。 「きっとまだやれる事は沢山ある!出来る事だて沢山ある!諦めちゃダメ!絶対!絶対あるから!」 「でも…」と答える私に母は続けた。 「膵臓癌でも元気になった人だっている。だから、諦めちゃダメ。優子の笑顔を奪う病気なんて、私が絶対許さない。ギッタンギッタンにしてやるんだから!」 突拍子もない事を言い出した母に、思わず吹き出してしまった。 「どうやって?」 「分からないけど、分からないけれど、絶対に治療法はあるから。だから、諦めないで一緒に探そう。」 そう言って母は私を抱き締めた。 いつ以来だろう。こうやって母に抱き締められるのは。悲しさと恐怖で縮こまっていた心が温まっていくのが分かった。 「辛い時こそ沢山笑え。か…。いざ、それをするとなると難しいね。お母さん凄いなぁ。それをずっと実践してきたんだもんねぇ。」 子供の頃の様に母に抱き付きながら私が言うと、何か閃いたのか、突然私の肩を両手で掴んだ。 「それだ!」 首を傾げた私に母は言った。 「笑顔よ!笑顔!何かのテレビで観たんだけれど、笑うと免疫力が上がるんだって!」 それは私も何かの本で読んだことはある。笑顔になると免疫力が上がって、逆に、泣いていたり悲しげにしていると免疫力が下がるって。 「ほら!やれる事、出来る事が1つ見付かった!」 私の両手を握り締め、子供の様にピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ母が、何とも可愛らしく、そして、心強く感じた。 「うん。お父さんの教えだもんね。顔を上げて笑顔で頑張る!私も絶対に諦めない。」 笑顔で頷く母が、カウンターの中から一冊のノートを取り出し、表紙にマジックで【笑顔ノート】と書きこんだ。 「今日から一緒にこれを書いていこう。笑顔になった事を書いていくの。例えば、優子が帰って来た。とか、桜が綺麗だった。とか。どんなに小さな事でも笑顔になったら書く」 私は大きく頷き、そして、決めた。 いつか必ず『病気が完治した!』って書く事を。   
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