母と私の笑顔ノート

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ひらり ひらり…太陽の光を一杯に浴びて舞い散る桜を、揺れるバスの窓からただ眺めていた。 まだ頭の中は真っ白なまま。 これから先の事は分からない。というよりも、何も考えられない。 ただ1つ。 【実家に帰ろう】 精一杯、頭をフル回転させて出せた事がこの1つだけだった。 仕事を辞め、20年住み続けたアパートを引き払い、不要な品は全て処分して残った荷物は、少し大きめなボストンバッグ1個分だけ。 これまでの自分の人生が、こんなにも小さなモノなのかと思わず笑ってしまった。 8畳1間。住み慣れたアパートで過ごす最後の夜は何も無くなった部屋に大の字になり、子供の様に泣きじゃくった。 『どうして…私なの…?』 いくら考えても答えなど出る筈もなく、ただ止めどなく涙が溢れた。 窓越しに見える景色はいつの間にか、それまでの街並みを抜けて、海辺へと向かっている。 この海辺の景色が見えると実家まではもうすぐそこ。 少し歩こうと最寄りのバス停で下車した。 磯の香りに混じって、桜の香りもする。 「懐かしいなぁ…」 実家に帰るのは何年振りだろうか。仕事に追われる毎日で、今思えば会社とアパートの往復しかしてこなかったような気がしてきた。 海岸沿いを少し歩いては休み、少し歩いては休みを繰り返してようやく実家が見えた。 少し小高い丘の所に佇む小さな喫茶店。そこが私の実家。 普通ならあのバス停から10分もかからずに着くのだが、これが今の私の限界って事かとため息が漏れた。 息が上がる。流れる汗をハンカチで拭きながら、実家の前にある少し長めの階段の半ばで腰を下ろた。 海と桜が一緒に見れる場所として有名なこの地域は、昔から人気が高く、特にこの時期は人出が多い。 浜辺では、高校生らしいカップルや少し早すぎる気もするがボディーボードをしている人達で賑わっている。 風に乗って時折聴こえる笑い声に『平和だなぁ』と感じて、私もそんな風に思える年齢になったのかと少し複雑な気持ちになった。 28歳。これから先の人生の方がまだまだ長い。 はずなのに… 医師から告げられた余命宣告。 ただ時々お腹が痛かったり、背中が痛くなったりしただけでしょ? そんなの誰にだってあるじゃん。 膵臓癌って何よ? 私が? 癌? まだ28歳だよ? まだ28… 私1人だけが別世界に取り残されているような感覚。 「…怖いよぉ…」 込み上げる不安と恐怖に膝を抱えた。  
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